第97回アカデミー賞3部門ノミネート『アイム・スティル・ヒア』8月に日本公開!監督は名匠ウォルター・サレス
第97回アカデミー賞で3部門にノミネートされた映画『I’m still here(原題)』が、邦題を『アイム・スティル・ヒア』として8月に日本公開を迎えることが決定した。
この映画は『セントラル・ステーション』(98)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』(03)などの作品で知られるブラジル映画界を代表する名匠、ウォルター・サレスの監督最新作。現地時間3月2日に開催される第97回アカデミー賞では、ブラジル映画として初の作品賞に加えて、主演女優賞、国際長編映画賞の計3部門にノミネートされている。
1970年代、軍事政権下のブラジル。元国会議員のルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな日々を過ごしていた。だが、スイス大使誘拐事件を契機に、国の空気は一変。抑圧の波が広がるなか、ある日ルーベンスは軍に逮捕され、そのまま連行されてしまう。愛する夫を突然奪われたエウニセは、必死にその行方を追うが、その過程で彼女自身もまた軍に拘束され、数日間にわたる過酷な尋問を受けることに。極限の状況のなかでなお、彼女は沈黙を貫き、夫の行方を捜し続けた。自由を奪われ、愛する人の消息も知らされぬまま、それでもエウニセは諦めない。夫の名を呼び続けたその声は、やがて静かに、しかし確かに、歴史を動かす力へと変わっていく。
1998年、アカデミー賞2部門にノミネートされた『セントラル・ステーション』で映画監督として世界的な評価を確立したサレス。静寂を引き裂く暴力の影と、それに抗う人々の魂を見つめ、映画という表現を通じて彼らの記憶をよみがえらせることに注力してきたが、今回も彼はエウニセの静かでありながらも圧倒的な闘志を描きだし、彼女がどのようにして自らの喪失と絶望に打ち勝ち、時代の潮流に逆らってまで立ち上がったのか、その姿を美しくも力強い映像で永遠に刻む。
元国会議員であったルーベンス・パイヴァが軍事政権によって誘拐されるという、実際に起こった事件をもとに映画された本作。原作となったのはパイヴァの実の息子でもある作家マルセロ・ルーベンス・パイヴァによる書籍「Ainda Estou Aqui」(日本未発売)だ。幼い頃、パイヴァ家と親交を持っていたサレスにとっては、自らが見聞きし、体験してきた歴史と向き合う重要な作品でもあり、この物語は単なる歴史の再現ではなく、個人的な記憶と深く結びついた16年ぶりのブラジル作品となった。
エウニセを演じるのは、本作で第82回ゴールデングローブ賞主演女優賞を獲得し、第97回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたフェルナンダ・トーレス。彼女の一挙手一投足が、夫を奪われた女性の慟哭と決意をにじませ、観る者の心を深く揺さぶる。またトーレスの実母であり『セントラル・ステーション』にも出演していたフェルナンダ・モンテネグロがエウニセの老年期を演じ、その眼差しが、過去と現在、母と娘、2人の女優を結びつける。
奇しくも27年前、モンテネグロは『セントラル・ステーション』でブラジル人女優として初めてアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、歴史を刻んだ。95歳となったいまも、その道を切り拓いた彼女の意志はトーレスによって受け継がれ、サレスのもとで新たな歴史を紡ぐ。
世代を超え、家族の絆と個人の闘いが歴史の中でいかに響き合うのかを描いた本作。壮大な映像叙事詩をスクリーンで堪能してほしい。
文/スズキヒロシ