蒼井優と阿部サダヲが共感した、“最低のクズ”への愛
沼田まほかるの同名小説を『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)の白石和彌監督が映画化した『彼女がその名を知らない鳥たち』(10月28日公開)。登場人物が全員クズで「共感度0%、不快度100%」という触れ込みのラブストーリーだが、その着地点で予想だにしなかった究極の愛を見せつけられる。その振り幅はすさまじく、思わず「やられました!」と唸ってしまう。本作でW主演を務めた蒼井優と阿部サダヲに、白石組の現場について話を聞いた。
クレーマーで自分勝手な十和子(蒼井優)は、下劣で地位も金もない15歳年上の陣治(阿部サダヲ)と暮らしているが、8年前に別れた黒崎(竹野内豊)のことが忘れられない女。十和子は、自分に日々尽くしてくれる陣治を邪険に扱いつつ、他の男(松坂桃李)とも体の関係を持っていく。
蒼井は初共演となった阿部について「軽やかな人」という印象を受けたという。「重たいシーンでも、気持ちを作っているようなところを全く感じさせない方。スタンバイしてスタートがかかるまで、どう来るのかが全く見えないところがすごいんです。瞬時に最高速度まで上げられるすごい車のような感じでした」。
阿部は、蒼井の表情に心を動かされる瞬間が何度もあったそうだ。「全体的に十和子は最低な女性なのに、たまに見せる表情が悲しく見える。蒼井さんは、『この人を救ってあげなければ』と思わせる表情を作れるんです。監督から言われたことに対しての反応も速いし、素晴らしい女優さんだと思いました」。
蒼井は、十和子を演じるにあたり「一緒にいる相手によって態度を変えたいと思ったんですが、完成した映画を観たら、思った以上に変わっていました。きっとそうなるだろうなとは思っていたんですが」と笑う。
陣治役の阿部は、ボサボサの髪に無精ひげ、汚い爪などの外見はもちろん、下品な食べ方などの仕草に至るまで徹底的に役を作り込んだ。白石監督からは「汚く食べてください。差し歯を抜いて食べてください」といった細かいリクエストが入ったそうだ。
「全部決めてくださっていたので、自分であれこれ考える必要はなかったんですが、十和子のお姉ちゃんの家へ遊びに行った時、お寿司と豚足が出てきてびっくりしました。豚足だと汚く食べられるからですかね(笑)。衣装はいくら汚してもいいから、手が汚れたとしても洋服でふいちゃってくださいとも言われていました(笑)」。
印象深いシーンは、ラストシーンだと言う2人。阿部は「夕暮れ時のマジックアワーしか狙えないというシーンで、監督から長回しで撮りたいと言われていました。そこに懸けていた感じで、完成した映画を観てもすごく良かったです。先に回想から撮ったんですが、ああいうふうにつながるとは」。
蒼井も「あのラストシーンを撮っている時、大げさじゃなく、映画界に入れて良かったなと久しぶりに思いました。ただただ幸せな時間でした」と述懐。「芝居的には重いシーンだったけど、スタッフ陣の気合もすごかったです。感情移入しちゃっていたのか、テンションが高まっていたのか、男性のスタッフも泣いていて。端から見たらものすごく奇妙なことかもしれないけど、すごくいいなと思いました」。
完成した映画を観た感想を尋ねてみると、阿部は「いい映画だなと思いました」と手応えを感じた様子。「僕は他の撮影シーンは観てなかったので、黒崎や水島はこんなにひどいやつらだったのかと思い、ちょっと救われた気がしました。でも、この映画は、なぜ良かったと思えるんだろう。最低な人物ばかりが出てくるのに。最後まで観ると、何だか腑に落ちたような気になるんです。不思議な感覚ですね」。
蒼井は、映画を観た後、最初に出た言葉が「白石監督、おめでとうございます」だったそうだ。「白石監督がこういう映画を作られたんだと思ってうれしかったです。最低なんですが、なぜかワクワクしながら観てしまうのは、最低な人たちに対する白石監督の愛情があるからなのかな。白石監督には、絶対に撮らないといけない筋みたいなものがあり、それが1回もぶれずに最後までいったんです。そういう映画ってなかなかないので。自分のことに関してはいろいろと思うことはありますが、面白い映画ができて良かったなと思いました」。【取材・文/山崎伸子】