イーストウッド監督87歳『15時17分、パリ行き』の斬新すぎる撮影方法とは?
巨匠クリント・イーストウッド監督が、87歳にして新境地を開拓したと話題の『15時17分、パリ行き』(公開中)。本作の題材は2015年8月21日にパリ行きの特急列車タリス内で起きた無差別テロ襲撃事件。実際にテロを阻止した若者3人を主役に抜擢したことが話題となったが、本作のチャレンジはそれだけではなかった!イーストウッド監督は彼ら以外のキャスティングや撮影方法においても、これまでにはない斬新なアプローチを試みている。
タリスでの無差別テロは、554人の乗客全員をターゲットにしたものだったが、ヨーロッパを旅行中だったアメリカ人3人の勇気ある行動により、大惨事を免れた。3人の名は、スペンサー・ストーン、アレク・スカラトス、アンソニー・サドラ―。リアルヒーローといえども、演技未経験の3人を主演にキャスティングしたことは、ある種の賭けだったのではないか? 本作で自分自身を演じたのは彼ら3人だけでない。、当日列車に乗っていた職員や乗客、乗務員たちも、本作に大勢参加している。
イーストウッド監督は、USエアウェイズ1549便不時着水事故を描いた前作『ハドソン川の奇跡』(16)でも撮影用に本物のエアバス機を購入したり、実際の事故で救助にあたった救助船とクルーを撮影に参加させたりと、“本物”をカメラに収めることにこだわった。本作ではさらにリアリズムを追求し、目指したのは“脱・絵空事”の映像だ。
劇中、1人の男性がテロリストから被弾するシーンがあるが、イーストウッド監督はこういった描写にも手を抜くことがなく、首元からドクドクと脈打つように血が流れ出るシーンがじつに生々しい。なんとこのシーンを演じているのは、負傷した本人、フランス系アメリカ人の英語教師、マーク・ムーガリアンだ。
負傷した夫を見て激しく動揺する妻のイザベラも、本人役で出演。2人ともトラウマになってもおかしくない状況に思えるが、当然ながら出演のオファーを受けた際に、心の葛藤はかなりあったという。それでも彼らは「イーストウッド監督の作品に出演できるのならば」と腹をくくり、悪夢のような体験を再現したのだ。
イーストウッド監督は撮影手法へのこだわりも強く、照明や反射体などの人工物を一切排除。もともと早撮りで知られるイーストウッド監督だが、本作ではテロがあった同じ時刻の電車に乗り込み、列車のスピードに合わせて分刻みで撮っていくというリスキーな撮影を敢行した。「窮屈な場所での撮影を成功させるためにかけたエネルギーは、映画の中にちゃんと存在しているはず」というイーストウッド監督。いざ映画を観ると、その言葉の説得力にうなってしまう。
撮影したのは、イーストウッド監督作13作で撮影を担当してきた名カメラマン、トム・スターン、御年71歳! 臨機応変かつ、スリリングなカメラワークは、ひとえにパワフルなベテランコンビのなせる成せる業だ。この規模の映画で「ゲリラ撮影を楽しんだ」と言える2人は、まさに鋼のメンタルの持ち主で、70代、80代にして情熱が枯渇するどころか、パワフルさが増している気すらする。
完成した『15時17分、パリ行き』は、イーストウッド監督の36本の監督作のなかで、最も野心的で1番実験的な映画となったが、鑑賞後に押し寄せる爽やかな感動がなんとも心地よい。たった94分という尺で、若者たち3人の少年期から現在へと続く絆や家庭環境などのバックグラウンドまでをもきっちりと描いており、彼らが命懸けでテロに立ち向かえるヒーローへと成長した理由と、人間性が浮かび上がってくる点も秀逸だ。
昨年、主演・監督・プロデューサーを自ら務め、90歳で逮捕された麻薬の運び人、レオ・シャープの物語を映画化すると発表したイーストウッド監督。どうやら、彼の挑戦は、今後も続いていくようだ。そんな生けるレジェンドを、映画ファンとして追い続けていきたい。
文/山崎 伸子