期待の新鋭ショーン・ベイカーが明かす、奇跡のラストシーンを生んだ映画の“魔法”
全編iPhoneで撮影された『タンジェリン』(15)で大きな注目を集めた新鋭ショーン・ベイカー監督が手掛け、第70回カンヌ国際映画祭で喝采を浴びた『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(公開中)。来日したベイカー監督に話を聞くと、彼は本作に託したテクニカルな“魔法”の数々を教えてくれた。
本作はフロリダ・ディズニー・ワールドのすぐそばにある安モーテルで暮らすシングルマザーのヘイリーと6歳の娘ムーニーの物語。いたずら好きのムーニーが友だちと楽しい毎日を過ごす一方で、仕事が見つからずに辛い現実を目の当たりにするヘイリー。追い詰められたヘイリーは、ムーニーとの暮らしを守るために大きな決断をすることに。
「子どもたちにとって世界一幸せな場所のすぐ隣で、貧困生活を送る子どもたちがいるという事実を知り、映画で描かなくてはいけないと感じたんだ」と、本作を作りだすきっかけを明かしたベイカー。「アメリカでは映画やドラマでしっかりと社会が代弁されていないし、まだまだ綴り足りていない。それに対しての僕なりの反応なんだ」と強く語る。
本作の世界観を形づくるのは画面全体を包み込む色彩の豊かさだ。「フロリダという町自体が、独特のパステルカラーを持ち合わせているんだ。だからあの場所で映画を撮るというローカライズの意味も込められている」と、鮮やかな色彩設計について説明する。
さらに彼は「それと同時に、子どもの目線からこの世界を映しだしていきたいと思った」と続ける。「僕の体験では、子どものころは五感が研ぎ澄まされていて、すべての色が明るく見えていた。それを“キャンディカラー”で表現したいと考えたのが最大の理由だね」。
その色彩を作りだすうえで大きな役割を担っているのが、近年失われつつある35ミリフィルムを使った撮影方法。iPhoneを使った前作とは対照的な撮影方法について、ベイカーは「元々35ミリで撮ることは決めていた。まるで友達に送る絵葉書のようなルックにしたかったからね」と笑顔を見せる。
「光化学技術を通すからこそ得られる豊かな感じを大事にしたかったし、映画という芸術はフィルムから始まっていることを忘れてはいけない」と、映画という文化への強い敬意を表明した。「いまはフィルムが失われる危機に瀕している。あらゆる選択肢がある時代だからこそ、作品の求めるスタイルに合わせた撮影メディアを追求するべきだと思うんだ」。
そのように35ミリ撮影にこだわった本作ではあるが、前作と同様にiPhoneでの撮影を行なったシーンがある。それはゲリラ撮影で臨んだ85秒のラストシーンだ。そのシーンについてベイカーは、4K撮影など技術面での試行錯誤を重ね、どうしても解決できなかった画面の揺れが偶然にも不思議で魅力的な質感を生みだしたのだと明かした。
映画文化を支えてきた往年の技術と、最新の技術を巧みに融合させた本作が辿りつく圧巻のラストシーンは、まさに“魔法”と呼ぶにふさわしい瞬間だ。飽くなき探究心を持ち、果敢に挑戦を続けるショーン・ベイカー監督は、近い将来ハリウッドを支える重要な人物になるに違いない。
取材・文/久保田 和馬