『舟を編む』の石井裕也監督が初めて挑む、少女漫画の実写映画『町田くんの世界』
勉強も運動も苦手、不器用かつ機械オンチでスマホさえ持っていないが、周りの人たちには全力で愛情を注げる稀有な高校生・町田一。そんな町田くんのほっこりした日常と恋を描く安藤ゆきの少女コミック「町田くんの世界」が実写映画化され、6月7日(金)に公開となる。そのメガホンをとるのが、『舟を編む』(13)や『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)の若き実力派監督・石井裕也が手掛けることが発表された。
原作者の安藤ゆきは「1人の人間から生まれた小さな作品がたくさんの人が構築する大きな企画になっていくということは、わくわくする一方で不思議な気持ちでいっぱいです。この映画の関係者の1人になれたことを幸福に思います」と喜びを口にしている。
町田くんは、とにかく人間が大好きな高校生で、困っている人を見ると、助けずにはいられない。ある日、彼は保健室で出くわしたクラスメイトの猪原奈々から、「人が大嫌い」と言われたことで、彼女の存在が気になっていく。やがて奈々も、自分のことを常に気遣ってくれる町田くんに、好意を持つようになる。
町田くんは“性善説”を地でいくいい人だが、とことん鈍くさく、走る速度も50m走が12秒4(!)と驚異的に遅い。この漫画ならではのキャラ立ちした主人公を、石井監督がどんなふうに映像化したのか? どうやら既存の青春コミックの映画化作品とはひと味違う「石井裕也、ここにあり!」という快作に仕上がったようだ。
映画化にあたって石井監督にオファーしたのは、「ちはやふる」シリーズや、『オオカミ少女と黒王子』(16)や『22年目の告白—私が殺人犯です—』(17)など、数々のヒット作を手掛けてきた北島直明プロデューサーだ。石井監督について「オールマイティな監督」と称えたうえで「僕も、少女漫画原作の映画を何本か手掛けていますが、単純に石井監督が作るものを僕自身が観たかったんです。監督と話していると、“少女漫画”というカテゴリーすら無意味になってくる気がして、漫画を映画として再構築したら、どんなものが仕上がるのだろう?と楽しみでした」と話す。
確かに、本作は一見、ボーイ・ミーツ・ガールの青春映画を装いながらも、蓋を開けてみると、ユーモアが炸裂する破天荒な映画となった。石井監督が満を持して、少女漫画原作の映画化に挑んだ理由も気になるところだ。
「正直、僕のように30歳を超えた男からすれば、人を好きになることなんて、どうでもいいと軽んじてしまいがちです。原作では、そこについて全巻を通して丹念に描いていました。でも、実は本当に映画でやるべき題材とは、そこなのかなと。“愛”というのは、口に出すのもはばかられるくらいに恥ずかしいものですが、人間にとっては必要なことで。そういうことを、恥ずかし気もなく表現できている少女漫画の力に、今回は僕も乗っかってみようと思った次第です」と監督は言う。
公開はちょうど、平成が終わり、新時代を迎えた初夏となるが、本作には石井監督ならではの、いまの時代に対する力強いメッセージも込められている。「少女漫画原作だからこそ、自由を得られたところもありました。最終的には、人を好きになる力、人間らしさ、生命力みたいなものをゴールに設定したいと思って作った作品です」。石井裕也監督が放つ渾身の1作を、大いに期待してほしい。
取材・文/山崎 伸子