草なぎ剛、中村倫也と「引けない戦いあった」兄弟役での化学反応。役者としての原点を語り合う
クズだけれど憎めない一家のある1日を描いた『台風家族』(9月6日公開)で、草なぎ剛と中村倫也が兄弟役として初共演を果たした。役者として脂の乗ったさなかにある2人だが、本作では次第に本音をさらけ出していく家族としてがっつりと対峙するシーンもあり、「引くに引けないものがあった。静かなバトルがあったね」(草なぎ)、「草なぎさんが僕の芝居を受け止めてくれて、シビれるような瞬間があった」(中村)と、ビシビシと刺激を受け合ったという。兄弟として撮影期間を過ごし、お互いに感じた役者としての魅力。役者業の原点までを語り合ってもらった。
本作は、『箱入り息子の恋』(13)の市井昌秀監督が12年間あたためてきた“両親への想い”をヒントに創作したオリジナル映画。銀行で2000万円を強盗したまま行方が分からなくなっていた両親の“仮想葬儀”と財産分与のため、実家に戻ってきた鈴木家の4人きょうだい。彼らが再会したことで巻き起こる珍騒動を描く。草なぎが長男の小鉄役、中村が末っ子の千尋役を演じた。
「皆さんの“応援してくれる力”で公開までたどり着けた」(草なぎ)
出演者の1⼈である新井浩⽂の逮捕を受け、公開予定が上映延期となるなど、一度は公開が危ぶまれた本作。延期が発表されるや、上映を希望するたくさんの声が上がり、その声があってこそ公開までこぎつけた。草なぎは「皆さんの“応援してくれる力”で公開までたどり着けた。本当に感謝しています」と喜びをにじませ、「いろいろと問題はありますが、やっぱり僕らキャスト、スタッフも誰もが公開を望んでいたし、市井監督がずっと温めていた企画。監督の喜んでいる顔を見るのが、僕らもうれしいです。昨年、暑さのなかで撮っていた瞬間、僕らは本当に家族、きょうだいになっていました。そのあふれでるパワーをスクリーンから感じ取ってもらえるとうれしいです」と完成作に胸を張る。
中村も「この映画に限らず、どんな作品でもそうですが、皆さんに受け取ってもらって初めて完成するものだと思うんです。僕らが一生懸命つくったものに、観てくださった方の想像力も混ぜ込むことで、初めて映画が完成する。公開できて本当にうれしい」としみじみ。「現場でも、市井監督の想いをひしひしと感じていたんです」とやはり監督の並々ならぬ意気込みを感じていたそう。
草なぎが「監督のオリジナル脚本だからね。撮影前には、それぞれの登場人物の生い立ちまでを書き綴った用紙を渡されて。小鉄は小学生の時はこういう感じだったとか、裏の裏まで設定があって」と明かすと、中村は「そうなんですよね。衣装合わせの前にA4用紙で6枚くらい、千尋の裏設定を書いた用紙をもらいました。この衣装も監督のこだわりが詰まっている」と千尋が着用しているUFOの描かれた“ゆるかわTシャツ”を思いだして、ニッコリ。草なぎは「これ、すごくいいよね!千尋はYouTuberなんだけど、僕もYouTuberだから。これを着てやろうかな」と楽しそうな笑顔を浮かべる。
「草なぎさんが受け止めてくれて、シビれるような想いがした」(中村)
兄弟役で初共演を果たした2人。お互いの活躍はよく目にしていたという。草なぎは「倫也くんのことはよく知っていました。テレビとかで見ても、かわいい男の子だなあって思って(笑)。なによりお芝居がものすごくよくて、こちらに訴えかけてくるものがある。ドラマ『新宿セブン』を好きでよく観ていて、すごい表情を見せる役者さんだなと思っていた」と告白。一方の中村は「もちろん、僕がデビューする前から、草なぎさんの舞台や映画、ドラマなどいろいろな作品を観させていただいていました。今回は兄弟役で、しかもそれぞれが鬱屈した想いを抱えている兄弟。その空気感はしっかり持って挑まないといけないなと思っていました」と奮起したそう。
小鉄と千尋が白熱したケンカをするシーンは、大きな見どころのひとつ。草なぎは「僕も倫也くんも、小鉄と千尋が対峙するシーンは大事なところだと思っていて。どう演じようかといろいろ考えていました。戦いでもあるし、引くに引けないところがあって。小鉄と千尋の関係性を考えると、ガッと向かってくる千尋に対して、小鉄はドスンと構えているほうがいいかなと思った」とバトルを述懐。中村は「千尋にとっては、小鉄に対して“岩”のような印象があって(笑)。“どうしても適わない”と思う人に、千尋は向かっていかなければいけない。草なぎさんがそれを受け止めてくれて、シビれるような想いがしました。シーンを撮り終えた後に、心のなかでガッツポーズをしたい気持ちにもなって」と熱い一瞬をとらえたシーンになったという。草なぎも「静かなバトルがあったよね。僕もなんだがすごく緊張していて。それが楽しくもあったし、すごくいいシーンになったんじゃないかな!」と大満足の表情だ。
「倫也くんは型にとらわれない役者さん。すごく刺激を受けた」(草なぎ)
きょうだいとして撮影期間を過ごし、お互いに「たくさんの刺激を受けた」と話す。草なぎは「倫也くんはいろいろな役ができる役者さん。型にとらわれない感じがするんです。芝居をしていると誰もが、“違う顔を見せたい”など思ったりするもの。でも倫也くんからは“違う顔を見せてやる”という感じがまったくしない。それでいてごく自然に、どんな役でも演じられてしまう」とカメレオン俳優としての存在感に舌を巻く。中村は照れ笑いを見せつつ、「デビューしたころは、素材としての中村倫也ってそんなに需要がなくて…。どうすればおもしろがってもらえるんだろうと思っていました。いま感じているのは、作品を観ている方の目に“中村倫也がいる”というのではなく、その時の役として見てもらいたいということ。中村倫也なんて名前、消えちゃえばいいなと思っています(笑)」と役者業への真摯な想いを吐露。
「きっと役者さんはみんな、そうやって身を削って挑んでいるよね」とシンパシーを寄せる草なぎ。中村は「草なぎさんは、集中力がすごい」と印象を語る。「以前、舞台を拝見した時にも感じたんですが、“狂気の先に見える鋭さ”のようなものを表現できる。後輩がこういうことを話すのはおこがましいんですが…」と続けると、草なぎは「いいよ!どんどん言っていこう!」と中村からの絶賛に茶目っ気たっぷりに応じるなど、2人の間に心地よい空気が流れる。
中村から“狂気”という言葉が出たが、草なぎには影のある役もよく似合う。ここ最近は、本作での遺産をできるだけ多くぶん取ろうとする小鉄だけでなく、映画『まく子』(18)での女好きの父親など、“ダメ男”役でも観客を魅了している。草なぎは「確かに、ここ最近はそういう役が多かったかな。そういう役って、演じていてもおもしろいんですよ」と話す。「本人は必死なんだけれど、周りから見ると“アイツ、大丈夫か?”と思われてしまうような役って、好きなんですよね。僕は“コイツはダメなヤツだ”と決めつけないで演じようと思っています。奇をてらって演じると、お客さんにも見透かされちゃうから」。
さらに草なぎは「本作で描かれるのは、言ってしまえばただの“きょうだいケンカ”」と笑い、「何年か経てば、彼らだってなぜケンカをしていたのか、その理由すら覚えていないかもしれない。僕にも“なぜあの時にケンカをしたのかな、原因ってなんだっけ?”と思うことって、あるもので。すごくリアルだし、そういうことこそ愛おしくて、大事なことなんだと思う」と劇中で巻き起こる家族のドラマに愛情を傾けていた。
「いまでも蜷川幸男さんが夢枕に出てくることがある」(中村)
家族という自らの“原点”を振り返ってみたくなる映画に仕上がっているが、役者としてノリに乗っている2人も、原点に立ち返らせてくれるような恩師との出会いを経て、いまがあるという。草なぎは「24歳くらいの時に、つかこうへいさん演出の舞台に出させていただいたんですが、つかさんから“いつでもアクセルを吹かせよ”と言っていただいたことがあって。とにかく“頑張れ”ということだと思うんですが、その言葉はいまでも心に残っています」。
中村は「僕は蜷川幸男さんが夢枕に出てくることがあって。ハッとして起きるんです(笑)。いまだに“気を抜いてられないな”と思わせてくれる存在です。また河原雅彦さんからは“早く売れろ”と言われて。やりたい人と仕事をするためには、売れなきゃいけないんだなと思ったことがあります」と初心を思いだし、「いろいろな先輩の背中を見させていただいて、いま思えば、恵まれた10代、20代を過ごさせていただいたなと感じています」と穏やかに微笑む。数々の出会いを重ね、役者としての実力を磨いてきた2人。認め合う彼らの道が再び交差する日が、楽しみで仕方ない。
取材・文/成田 おり枝