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「願いが届かない寂しさは誰にも起こりうる孤独」期待の新鋭・吉田光希監督が新作『家族X』を語る

インタビュー

「願いが届かない寂しさは誰にも起こりうる孤独」期待の新鋭・吉田光希監督が新作『家族X』を語る

若手映画監督の登竜門・ぴあフィルムフェスティバルで、2008年度『症例X』で審査員特別賞を受賞した吉田光希監督。彼が完成させた新作『家族X』は、既にベルリンをはじめ多くの海外の映画祭で上映され、高い評価を受けている。今回そんな吉田監督にインタビューを敢行。映画に対するこだわりや製作秘話をたっぷりと語ってくれた。

東京郊外の新興住宅地の一角に暮らす橋本家。妻・路子(南果歩)は、今日も完璧に家事をこなし、夫・健一(田口トモロヲ)は会社では戦力外のサラリーマン。就職浪人の息子・宏明(郭智博)は、夢も見つられずアルバイトを繰り返す日々。家族の会話はなく、孤独に料理を作る路子の精神は、やがて少しずつ追い詰められていく。

冒頭、家事をする路子を近距離で撮影した映像が続く。そもそも30歳で未婚の監督が、なぜ主婦という存在に興味を持ったのだろうか? 「以前、専業主婦の方たちを取材する機会があったんです。それまで専業主婦に対しては、時間もあって趣味もできて、奥様仲間とランチして、何てことを勝手に想像してたんですが、実際はすごく忙しいんですよね。そして取材しているうちに、あまり家族の話をしてくれないことに気付きました。小さい子供がいるお母さんは子供のことを話してくれますが、子供がある程度大きくなると、あまり話さなくなる。そこに何か孤独や寂しさを感じて、この感情は何なんだろう?と。家族との関係はどう保たれてるのかな?という疑問が生まれて、これはフィクションとして想像していけば映画になるなと思いました」。

出演者については、「一番希望していたキャスティングに決まりました」と話す。「南さんに演じてもらった路子は、精神的に辛い経験をしていく役で、僕がこれまで見てきた映画での南さんのイメージとは真逆の役柄でした。どんなふうに演じてくれるかは想像できませんでしたが、自分の頭の中を映像化することが映画ではないと思っているので、だからこそやってみる意味がある気がしました」。一方、夫・健一役には田口トモロヲを起用。田口は、セリフが少ないなか、リストラ間近のサラリーマンの哀愁を絶妙な表情と間で、観客を引き込んでいく。「最初、田口さんから『オフビートコメディーかと思いました』って言われました(笑)。実際に海外の映画祭では笑う人も多かったんです。そういう奇妙な空気は田口さんだからこそ出てきた雰囲気だなと思います」。

劇中、橋本家の家族を象徴するかのように登場するのは、ウォーターサーバー。路子が近所の人の付き合いで買わされたその水は、やがて青緑色に腐っていく。「あの水は近所の目線の象徴であり、路子を苦しめるモンスターのような存在。だから装飾というよりも、むしろ登場人物のような扱いで置きました。ちょっとした遊びではありますが、劇映画として成立させる映画的な要素になると思いました」。

印象的だったのは、スーパーで買い物を終えた路子が、ビニール袋を両手にぶら下げて淡々と歩いていくシーン。その後ろ姿を1カットで撮影するという長いカットだが、撮影は意外にも難しくなかったと話す。「音が重なっていくところは演出部の力です(笑)。撮影当日の天気予報は雨で、今にも降り出しそうな空だったので『撮れるのかなぁ』って不安はあったんですが、一発でOKでした。南さんは『私、晴れ女だから絶対に大丈夫よ』って言ってくれて、いろんな人の力が効いたんだと思いますね」。

また、海外の映画祭で様々な反応があったのが、ラストシーンについて。「『彼らに希望はあるのか、ないのか』という議論になりました。アメリカでは『なぜ離婚しないのか』という感想もありましたね。両極の感想を聞きましたが、僕はあの家族は良くなっていくと信じています」。そこに明確な答えは用意されてないものの、その絵は観客に様々な思いを抱かせるだろう。

それにしても、前作『症例X』では親子、今回は家族をテーマに描いた吉田監督は、家族に対する思いは人一倍が強いはず。結婚する時の覚悟も相当なものになるのでは? 「怖いですよ(笑)。家族に対する思いは結婚したり、子供が生まれたりしたら変わると思います」。最後にこれから作品を見る方にメッセージをくれた。「この映画は、誰の映画にもなると思います。路子の孤独は主婦特有のものではない気がしています。願いが届かない寂しさって、多分誰にも起こりうる孤独だと思うんです。この映画を見ることで、自分のことを考えるきっかけになってほしいなと思っています」。これからの日本映画界を担う監督として期待される新鋭・吉田光希監督。彼が映画に真っ直ぐ、真摯に向き合う姿勢は、劇中あらゆるシーンから感じ取れる。海外からも評価されるその実力を是非劇場で確かめてみてほしい。【取材・文/鈴木菜保美】

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