『最終目的地』の真田広之、アンソニー・ホプキンスとの共演は「見えない糸に導かれているよう」
『眺めのいい部屋』(86)、『モーリス』(87)、『日の名残り』(93)で知られる名匠、ジェームズ・アイヴォリー監督。美しく静かなタッチのなかに、人間の愛と情熱を描き続けてきた監督の最新作『最終目的地』が10月6日(土)より公開される。84歳になる監督が、人生の“最終目的地”を問う本作で、主要キャストに抜擢されたのが真田広之だ。『上海の伯爵夫人』(05)で真田の演技にほれ込み、原作ではタイ人であった役柄を日本人の設定に変更してまで、彼の参加を熱望したという。真田自身も「監督の作品にならエキストラでも出たいと思っていた」と、監督に絶大な信頼を寄せ、「今回は、僕のこれまでの作品や経歴、特性も活かそうとしてくださったんです」と、柔らかな笑顔で振り返る。
ウルグアイの邸宅を舞台に、自殺した作家を取り巻く家族、作家の伝記を執筆するために訪れた若き男、それぞれの抱える事情と人間模様が、詩的な映像と共に描き出される本作。真田は、アンソニー・ホプキンス演じるアダムのゲイのパートナー、ピート役に扮している。「アンソニーが出るなら、どんな役でもやる気でいましたが、まさかゲイのパートナーとして共演するというのは予想だにしていませんでしたね(笑)。事前に、そういったカップルに取材したり、色々考えてアイデアも作って現場に行ったんです。でも行くなり、監督に『余計なことは考えなくて良いよ。普通で良いよ』と言われて。カウンターパンチを喰らったようでした(笑)。一度、準備していったものを忘れて、自然な気持ちで挑みました」。
25年間、恋愛関係にあるアダムとピート。互いを思い、長い間を共にした年月をどのように想像しただろうか。「映画で描かれていない25年間を空気感で表現しなければいけなかった。ホットだった時も過ぎ、倦怠期も過ぎ、もはや家族愛に近いんだけれど、未だにほのかに燃えているものもある。微妙な距離感と緊張感のある関係ですよね。それにはもう、言葉や仕草というより、空気感でにじませるしかない。ゲイのパートナーということより、人間どうしのつながりを大事に考えました」。
相手役のアンソニー・ホプキンスは、尊敬してやまない俳優だという。「アダムとピートが25年連れ添ったとすれば、それに等しい年数、僕は彼の作品を見て、尊敬してきたわけです。それをそのまま役柄に移行してしまおうと思いました。尊敬や、現場でご一緒できる喜びを、そのままピートがアダムを見つめる眼差しに投影しようと。僕の思いを、ピートの自然な愛情とリスペクトにすり替えられれば良いなと臨みました」と役作りの秘訣を明かす。
真田は「実際に共演してみて、アンソニーにはさすがと思うことばかりでしたね!」と続ける。「大ベテランでテクニックがありながら、毎回新鮮にアプローチを変えてくる。二度と同じことはなぞらないし、すると、こちらも常に彼を見て、聞いて、感じて、それに対応していくという、芝居の基本中の基本に戻るしかなくて。彼を見ていると、自分がどうあるべきかが見えてくる。見えない糸に導かれているようでした。もう、すっぽんぽんで胸を借りるしかない!と思いましたね」と、感想を教えてくれた。
撮影は、出演する『ラッシュアワー3』(07)と同時期に行われた。ハリウッドのメインストリームにある作品とインディペンデント映画の間を行き来することになったわけだ。「180度、全く違った映画ですね(笑)。でも、体は一つなので、行く先々で集中すれば良いことなので。ブエノスアイレスからロサンゼルスに戻る飛行機の中で、スーッと気持ちを切り替えて。ジャッキー・チェンと一週間戦ったら、またひとっ飛びしてピートに戻ってというふうにね(笑)。そのギャップを楽しんでいましたよ。両面を求められるというのは、ありがたいことですから」。
数々の監督に愛され、世界中を飛び回る真田広之。多国籍の人が集う本作には、共鳴する点が多かったという。「監督は、“世界一有名なインディペンデント監督”と呼ばれ、各地で映画を撮ってこられた方。宗教や国境、人種を超えたうえでの理解、協調性を大事にされているんですね。それは海外で仕事をしていると常につきまとう問題。僕はすごく共鳴できました」。その中で、自身は“最終目的地”への思いを新たにしただろうか?「これからますます多様化は進むでしょう。この映画は、そういったなかで、自分の主張を持ちながら、人とどのように協調して、どのように人生の目的地を見つけていくかという監督からの問いである気がして。いる場所にこだわるのではなく、何をしたいのか、誰といたいのかが大事だと思うんです。そのための最終的な場所がたまたまここだった、というように。でも、外にいればいるほど、郷愁の念も強まるものですね」。一切壁を作らず、真摯に答えてくれた真田広之。その熱く真っ直ぐな人柄、姿勢を見ると、コスモポリタンとして多くの人々に愛される理由が十分に伝わってきた。
アイヴォリー監督は本作の撮影前に、40年以上を共にした公私にわたるパートナー、イスマイル・マーチャント氏を亡くしている。集大成とも言える本作で監督が語るのは、どんなに人生につまづき、迷い、失望しても、そこには愛が残るという、確かなメッセージ。その思いに、国境はない。見る者を優しく包みこむような美しい大人の物語を、是非スクリーンで堪能してほしい。【取材・文/成田おり枝】