『フラッシュバックメモリーズ 3D』の松江哲明監督「アイデア優先じゃなく、まず人ありき」
「神様、この記憶だけは消さないでください」。これは、第25回東京国際映画祭で会場を沸かせ、観客賞を受賞した『フラッシュバックメモリーズ 3D』(1月19日公開)のコピーである。映画でフィーチャーされているのは、追突事故で高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者のGOMAだが、本作はいわゆる闘病ものではない。松江哲明監督が一番訴えたかったのは、彼の人間力である。一人のアーティストの雄々しい音楽の力と、それに裏打ちされた人間の生きる力そのものだ。松江監督にインタビューし、本作の舞台裏について聞いた。
『フラッシュバックメモリーズ 3D』の尺は72分。オーストラリア生まれの楽器“ディジュリドゥ”によるグルービーなライブ映像でカウンターパンチを食らった後、日々葛藤しながらも、家族と共に未来へと人生のコマを進めていく彼の力強い生き様にノックアウトされる。「80分以内という尺も含め、構成は最初から全て決めていました。僕のドキュメンタリーって、フィクションみたいな撮り方をするんです。ドキュメンタリーを撮るというよりも、ドキュメンタリーを使って映画を作るような感覚です」。
松江監督はこれまでに『あんにょんキムチ』 (00)、『童貞。をプロデュース』(07)、『トーキョードリフター』(11)など、個性的なドキュメンタリーを数多く撮ってきた。『ライブテープ』(09)では、74分を1シーン1カットで見せるという奇策を取ったが、今回は3Dを、過去と現在というレイヤーに分けて表現するという斬新な手法に打って出た。つまり、GOMAのライブを見せながら、その背景に、過去の写真、臨死体験の映像、彼の日記の文章などを散りばめながら、彼のこれまでの軌跡を振り返っていくという作りになっている。
「GOMAさんと出会えたことで、こういう映画ができると思いました。でも、アイデア優先で映画を作るのは絶対に駄目です。それはただの自己満足ですから。たとえば、ジャッキー・チェンと会って、CGを使ったアクション映画を作ろうなんて人は馬鹿じゃないですか。実際にハリウッドでは、やっていますが。僕の場合、まずは人ありきです。僕は魅力的な人に会うと、その人の力やエネルギーを、映画でどう表現するかってことを常に考えます」。
本作は、いかにも感涙ものという、あざとい作りにはなっていない。「だって、GOMAさんは障害を持っているけど、音楽の人ですから。そのエネルギーを撮らないと、僕の負けだと思いました。もちろん、僕はGOMAさんの日記を読んでいるので、彼が当時どれほど苦しかったか、世の中を恨んだかは知っています。でも、そこを撮りたかったわけではないし。別の監督さんが撮ったらすごいドラマになるかもしれないけど、これはあくまでも僕が撮ったGOMAさんです。障害についてはネガティブな印象を持ってしまいがちですが、GOMAさん自身が出しているエネルギーは、ポジティブなものでした。実際に、僕は震災後、GOMAさんの音楽や生き方に触れて、かなり力をもらったんです」。
思い出が自分の頭の中には残らないGOMA。劇中の「僕はどの時間軸にも属していない」という心の叫びは、見る者の胸に突き刺さる。松江監督は言う。「ドキュメンタリーのアプローチとしてやってしまいがちなのは、その人のことを全部わかろうとしてしまうことです。そうすると、誤解が生じる気がします。やっぱり、わからないものはわからないし、GOMAさんの気持ちをそのまま描くことはできない。でも、近付くことはできるんです。彼の発するエネルギーを、僕はこう解釈しました、という映画を作ることで、何か一つのきっかけになればと。この映画を見た人の『フラッシュバックメモリーズ』ができて、それをどう生活の中に活かしていけるかが大事だと思っています。完璧を目指して作ったわけではないし、それはGOMAさんもわかってくださると思いました」。
記憶が残らないGOMAは、毎回、松江監督と会う直前に、自身の日記を読み返し、彼との関係性を確認してから出かけていたそうだ。「信頼関係は、映画を作りながら築いていきましたが、普通の人付き合いとは少し違いました。GOMAさんにとって、僕と会うのは毎回新鮮なことで、そこはすごく不思議な感じがしました。でも彼は、僕が戸惑わないように、いつも気を遣ってくれていたんです。きっとすごい努力をされて、人と会話をしているんだと思います。そのことを忘れちゃいけないのに、GOMAさんの優しい雰囲気についつい甘えちゃうんですよ。この映画を作ってGOMAさんから『ありがとう』と言われたけど、僕の方が『ありがとう』と言いたい。この映画は、GOMAさんと僕との付き合いの結晶みたいもので、GOMAさんへのリスペクトの念が詰まっています」。【取材・文/山崎伸子】