篠原哲雄監督が日中合作『スイートハート・チョコレート』で感じた国を越える思い
日本と中国が力を合わせ、10年にわたる愛の物語『スイートハート・チョコレート』を完成させた。メガホンを取ったのは、『月とキャベツ』(96)、『真夏のオリオン』(09)の篠原哲雄監督だ。篠原監督を直撃し、合作映画の苦労と魅力、映画作りへの情熱を聞いた。
本作は雪の夕張と春の上海を舞台に、上海からの留学生リンユエ(リン・チーリン)と、彼女を愛するふたりの男との出会い、そして愛の結末までが描かれる美しくも切ないラブストーリーだ。企画の発端は、プロデューサーである中国人女性ミシェル・ミーが、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」を訪れたことにあるという。「『ゆうばり映画祭』が一旦休止した最後の年に、ミシェルが夕張に来たんですね。その時に『是非、ここで映画を作りたい』と、とても心を打たれるものがあったようで。特に中国では、北海道の雪の情景は人気だそうで、冬の夕張を舞台に企画を考えていくなか、僕のところに監督の話がやって来たわけなんです」。
リンユエは、レスキュー隊員の守(福地祐介)と恋に落ちるが、守はある日、命を落としてしまう。その後もリンユエは守を思い続け、そんなリンユエを総一郎(池内博之)はそっと見守り続ける。切ない愛の思いが交差するが、その裏には心臓移植というテーマが隠されている。「僕はミシェルに会った時、『心臓移植を題材に、愛のありようを示せるのはとても面白い』と言ったんです。その言葉で、ミシェルは『この監督なら任せられる』と思ってくれたらしいんですね。この映画では、心臓移植をリアルに描くのではなく、ある種、ファンタジックな装いを持ったものとして描くわけで。僕の『天国の本屋 恋火』(04)や『地下鉄(メトロ)に乗って』(06)も、死者と生きている者の思いが重なり合う映画なんです。こういう、フィクショナルな設定って面白いじゃないですか?映画ならではの世界ですから」。
中国人プロデューサーやスタッフとの共同作業について聞くと、「大変なこともありましたね」と苦労を明かしてくれた。「脚本を読んで、ちょっと違和感のあるところがあったんです。でも、ミシェルも『ここだけは変えたくない』と譲らない(笑)。ミシェルの話をよく聞いてみるうちに、中国人女性の貫きたい思いも感じたし、人を忘れないこと、人との結びつきを大事にしていることに気付いて。それは僕もこれまでに描き続けていることだし、根本に流れている愛への思いは、中国であれ、日本であれ、変わらないなと思いました」。
さらに「撮影に入る前の、スタッフの配置も大変だったんです」と話す。「最終的に良いチームワークが組めて良かったです。合作という規範のなかでは、中国人スタッフが過半数を占めなくてはならなくて。そのなかで、撮影部を日本人中心のスタッフ、照明部を中国人スタッフという編成が組めた。撮影用の三脚を持ち上げる時なんか、日本のスタッフも『イー、アル、サー!』と中国スタッフと一緒に声を掛け合って現場の雰囲気を盛り上げてくれてね。そういう姿を見ていると、一つになっていく感じがすごくしたし、映画作りに対する思いも一緒だなと思いましたね」。
リンユエ役を瑞々しく演じるのは、『レッドクリフ』(08)などグローバルに活躍するリン・チーリンだ。「彼女はとてもチャーミングな人でね。撮影中、色々と意見を出してもらいましたよ。総一郎が用意していた指輪をリンユエが見つけてしまうシーンでは、もっと彼の指輪に対する執着が伝わると、私としてはビビッドに感じるとかね。僕は指輪に対して、そんなに思い入れがないものですから(笑)。なるほど、面白いなと思いました。守と初めて出会う山のシーンでも、彼女がちょっとユーモラスな仕草をしたんです。あれは撮影の初日だったんですが、感性で動く、風情の良い女優さんだなと思いました」。
本作の大切なモチーフとなっているのが、チョコレートだ。チョコレート作りに励むリンユエの姿が生き生きと描き出される。「一粒、一粒のチョコレートに真心を込めるんです。チョコレート屋を開くことは、亡くなった守の遺志でもありますから、たかがチョコレートだけれど、彼女にとっては、されどチョコレートであって。一つ、一つに愛情を込めて作らないと良いチョコレートができない、というのは、映画作りも同じなんです。それぞれに、どういう味付けが必要かを考えていく作業ですから。今回は久石譲さんの音楽も恋愛感を盛り上げる、素晴らしい色合いになってくれました。スイートハートなんて言うと、とても甘い感じがしますが、この映画は甘いだけではない。むしろビターな味わいがするとも思っています。新しい愛の形が描けたんじゃないかな」。
映画の街・夕張が、中国と日本の映画人の思いをつないだ。様々な政治問題が横たわるなか、映画と愛が国境を越えることを教えてくれる本作は、一筋の希望となるに違いない。是非、3人の男女が織り成す純愛物語に注目してほしい。【取材・文/成田おり枝】