「『悼む人』は人類の宝」と、天童荒太が堤幸彦を絶賛
天童荒太の直木賞受賞作を、2012年の舞台化に続き、堤幸彦監督が映画化した『悼む人』(2月14日公開)。主人公の坂築静人は、見ず知らずの人の亡き場所を訪ね歩き、「誰を愛し、誰に愛され、どんなことで感謝されたのでしょうか?」と故人を知る人に問い続ける。原作者の天童と堤監督が語る“悼むこと”とは…?本作を「人類の宝物」と絶賛する天童は、作品に込めた思いをこう語る。
「いま、世界は一つ一つの命のかけがえのなさに確信を持てなくなっていると思うんです。確信を持てないがゆえの不安や苛立ちや競争意識によって、簡単に紛争が起き、簡単に別の命を奪うことが行われている。我々が望んでいるのは、平和で、人の命がそれぞれ尊重される世界なのではないのか、と。映画『悼む人』は、まさにそのことを世界で初めて具体的な形で提言している作品です。しかも“愛の物語”としてそれを届けている、というのが凄いと思います」。
「ノーベル平和賞をぜひ先生にとってほしいです!」と微笑みながら、すっと顔を引き締めて堤がこう言葉を続ける。「僕は気仙沼でドキュメンタリーのような作品を撮り続けているのですが、この『悼む人』を通して改めて、身内や親しい方を亡くされた方々の死者を思う気持ち、そして亡くられた方がどんな人だったのかを、今年こそきちんと撮らなきゃダメだ、記憶の風化に抗う作品にしたい、と強く意識するようになりました」。そんな思いを抱えていたとあって、本作の編集の段階ではとても悩んだという堤。「これまでの作品は確信犯的に撮っていたので、編集するのはむしろ楽だったんです。でも、今回は悩みに悩んで…。最後に自分だけの試写を回そうとしていたのですが、その前日、偶然に観劇の席で先生とお会いしたので、先生にも試写に来ていただくことになったんです。2人だけで観た時、ハラハラ泣けました」。
劇中で特に印象に残るのは、静人が“悼む”姿。その所作を映画で初めて見た天童は感動したと振り返る。「“悼みの所作”を書いておいて、本当に良かったと思いました。高良さんが独特の存在感で、故人の肉体と精神みたいなものを胸に入れていく姿を体現されていて…。人間の魂の形はこう、というのがすごく出ていて、本当に美しかったです。倖世が悼むポーズをするシーンも、背景に森や水、洞窟などアジア的な美しさが表現されていてよかったですね」。
そんな“悼む”所作をはじめとする映像のひとつひとつが、作品のテーマを構築している本作。堤は、現場で恵まれたという“奇跡”について明かしてくれた。「ある日、山ですべての撮影を終えて、下山しようと後ろを振り返った瞬間、とても美しい夕陽が見えたんです。急いでカメラをセッティングして、高良君にポーズを取ってもらい、追加で撮影したものが、作品のメインビジュアルになりました。ほかにも、重要なシーンの撮影で使われた洞窟や、捨てられていたバスは、実は偶然に見つけたもの。そういう予期せぬ出来事が重なったんです。作品が奇跡を呼んでくれたんですね」。
その言葉を受けて、天童は「だから、お客さんも呼んでほしいですね(笑)」とニコリ。小説に感銘を受けた人も、未読の人も、今、何を大切にしてどう生きるべきか、スッと心に光が差し込むような感動を、ぜひ劇場で体験してほしい。【取材・文/折田千鶴子】