“心の扉”で防御する現代人へ力強いメッセージを発する『扉をたたく人』―No.17 大人の上質シネマ

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“心の扉”で防御する現代人へ力強いメッセージを発する『扉をたたく人』―No.17 大人の上質シネマ

全米では4館からスタートしたにもかかわらず、口コミ効果で最終的には270館へと拡大したヒューマン・ドラマ。原題は『The Visitor(=訪問者)』だが、日本では『扉をたたく人』という素晴らしいタイトルがつけられた。この邦題が示すとおり、本作には“心の扉”を介して人間の尊厳や勇気を描き出す、力強いメッセージが込められているのだ。

主人公は、妻に先立たれて以来、すべてに心を閉ざしてしまった初老の大学教授ウォルター(リチャード・ジェンキンス)。

そんな彼の“心の扉”をたたいたのは、ニューヨークで出会ったシリア出身の青年タレク。そして彼が奏でるジャンベという楽器だ。ジャンベは、西アフリカなどで演奏されている片面太鼓で、その自由で開放的なリズムにウォルターはひかれていく。国籍や年齢、職業もまったく違う2人が、ジャンベを通してきずなを結んでいくさまがすばらしい。

「本当は何もかも、ふりをしているだけ。忙しいふり、働くふりで、何もしていないんだ」――劇中、ウォルターがそう打ち明ける心の秘密が、強く心に響く。彼が心を閉ざしたきっかけは、妻を亡くしたことではある。だが、“ふり”という防御で身を守ってきたウォルターのように、傷つくことや変化を恐れ、新たな一歩を踏み出せないことに共感できる人は多いのではないだろうか? それが、社会的な立場や責任を問われる“大人”であれば、なおさらだろう。

映画は、ウォルターの心の変化を描くと共に、彼がはじめに抱えていたような閉塞感を、時代にも重ね合わせていく。移民であるタレクが突然、不法滞在を理由に拘束されてしまうのだが、その背景にあるのは、“9.11”以降、外国人規制が厳しくなり、まるで扉を閉ざしてしまったかのようなNYの現在だ。他者の心の扉を開かせた人間が、社会の扉に阻まれてしまうという皮肉。

だからこそ、人と人とのつながりが重要であることを、映画は伝えてくれる。ウォルターは彼を助けるため、今度は自らが扉をたたきはじめる。拘置所の扉をたたき、弁護士事務所の扉をたたいて、手を尽くそうとする。あらゆるところに立ちはだかる扉を開くのは、そう簡単ではない。だが、タレクが新しい人生の扉を開いてくれたからこそ、ウォルターは彼のために奔走する。たとえ年老いても、人は人によって変われるのだというこの力強いメッセージに勇気づけられるのだ。

自分の心の扉は開いているだろうか? そして、自分は誰かの心の扉を叩くことができるだろうか? そんなことを考えさせられる本作は、劇場を出た後、深い余韻がいつまでも胸に残るはずだ。【ワークス・エム・ブロス】

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