浅野忠信、『淵に立つ』の衣装へのこだわりを語る
第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門 審査員賞を受賞した『淵に立つ』(10月8日公開)で主演を務めた浅野忠信。これまで狂気に走る異端者の役を数多く演じてきた浅野は、本作で演じた八坂草太郎役を「僕にしかできない特殊な役」と捉えて全力で取り組んだと言う。
浅野が演じたのは、下町で金属加工業を営む鈴岡家に突然現れた風変わりな男・八坂役。八坂は住み込みで働くようになり、平凡で幸せだった一家に波風を立てていく。やがて八坂はある事件を起こし、姿を消す。
常に白いシャツとスラックスを着用していた八坂が、事件当日だけ赤いTシャツを着ていたのは、浅野自身の提案によるものだった。「衣装とメイクは俳優にとって本当に重要です。僕は高校生の時に『あいつ』(91)という映画に出たのですが、その頃から衣装合わせの時には自分で洋服を持参するようなタイプだったので、いまもその延長線上にいる感じです」。
赤いTシャツは、アルフレッド・ヒッチコック監督の『レベッカ』(40)をイメージしたものだと浅野は会見で明かしていた。不在のまま物語を支配するキャラクターであるレベッカと八坂を重ねたのだ。「八坂という役を考えた時、“はっきりしていたい”と思いました。たとえば黄色い衣装を見てブルース・リーだとわかるような感じで、八坂が出てきた時、 何かを感じてほしかった。すごく考えてあの衣装にたどりつきました」。
浅野は「全く役に合った衣装を考えてくれない衣装さんもたくさんいますし、それはとても危険なことだと思っています」と自らの苦い経験を語る。「そういう時はその都度ぶつかっています。もちろん、何か質問されてもいいように、引き出しにはたくさんのものを用意していきます」。
浅野はヘアメイクに関しても、八坂というキャラクターを追求していった。「映画だと髪型や顔をどうしてもきれいにされちゃうんです。でも、八坂だから肌もガサガサでいいわけだし、鼻だって粉を吹いているぐらいでいいんじゃないかと。だから、自分の要素が活かせるところはそのままにしてもらいました」。
本作の現場では衣装の設定も含め、深田晃司監督ととても良いコラボレーションができたと言う。「自分の意見を監督が受け入れてくれないことには、役者が考えてきた役が花開かないわけです。実際、受け入れてくれないことも多々あるわけですし。深田監督に関しては最初にめちゃくちゃ強がって行きましたが、コミュニケーションを取れば取るほど受け入れてくれることがわかりました。僕以上に考えを持ってこの映画に挑んでいることがわかったので、どんどん監督を信用していきました」。
日本とフランスの合作映画である『淵に立つ』。黒沢清監督のフランス、ベルギー、日本の合作映画『ダゲレオタイプの女』(10月15日公開)など、才能ある監督たちがどんどん海外進出を図っている。だからこそ浅野は日本映画界において、ただ潤沢な予算がないことだけを憂い、思いをくすぶらせている人たちに疑問を抱いている。
「いろんな理由があると思いますが、僕は『嫌なら撮らなくていいよ』と思いますし、『本当にそれを撮る理由があるんですか?』と聞きたくなります。すごく強い思いがあるのなら、最後までやり遂げるはずですから。映画はけっこう面白い世界なはずなのに、いまや映画のスタッフがそれを見つけること自体をやめてしまっている。正直、一緒にいてつまらない時があります。あまりにもひどい時は、『もう来なくていいよ』と現場で言いますから。誰かのせいにする必要はないんじゃないかと思います」。
「映画作りという仕事を選んだのなら、もっと楽しんだ方がいい」と言うのが浅野の持論だ。「僕は徹底的にやりたい。自分も面白いものを教わりたいし、こうやったら面白いというものを自分なりにその都度ぶつけていきたい。それを繰り返していくからこそ面白い」。
まさに今回の深田監督とは、そのぶつかり合いができたようで、浅野は深田監督について「こんなに面白い人はいない」とまで絶賛する。「役者は役になり切りたいだけですから、そうさせてくれる監督が大好きなんです。深田監督は僕を八坂になり切らせてくれた監督でした。どこまでも広い考えをもった上で映画作りに挑めたので、僕自身がとても深田監督のファンになってしまいました」。
インタビューではいつもとびきりニコニコとした笑顔で受け答えをしてくれる浅野忠信。「映画作りを楽しむ」という言葉がこの人の口から出ると、一層説得力が感じられる。【取材・文/山崎伸子】