エリナ・ビストリスカヤ
Aksinya
さきに公開された「黎明篇」につぐ、ミハイル・ショーロホフの同名大長篇小説の映画化・続篇。前編にひきつづき、脚色・監督に「若き親衛隊」のセルゲイ・ゲラシーモフがあたり、撮影ウラジミール・ラポポルト、音楽ユーリー・レヴィティン、美術ボリス・テュレンコフ等のスタッフも前作と同じ人たちである。ソヴィエトでは、この作品は三部作として公開されたが、日本では全体を前・後篇二部に分け、これは従って第二部の後半と第三部全部にあたる部分である。この第三部は、一九五八年チェコ映画祭で、グラン・プリを受賞している。出演者は、主人公に扮する「汽車は東へ行く」のピョートル・グレボフの他、エリナ・ビストリスカヤ、ジナイーダ・キリエンコ、ダニロ・イルチェンコ、ニコライ・スミルノフ、リュドミラ・キチャーエヴァ、ナターリヤ・アルカンジェルスカヤ等、「黎明篇」にひきつづく人々である。考証にニコライ・オフリコフスキーとセミョン・クジノフが当っている。
私憤とボルシェヴィキへの反感から白軍に投じたグリゴーリー(ピョートル・グレボフ)は、兄ピョートルと共に休暇を得て家に帰った。勢力を増した赤軍は攻撃を進め、彼の村にもソヴィエト政権がうちたてられた。グリゴーリーの妹ドーニャスカの恋人であるコシェボイや、コティアロフ等が組織の運営にあたる。しかし赤軍政治部から派遣されたシュトクマンの逮捕要求によって、グリゴーリーは村から姿を消した。再び白軍が反撃に転じた。グリゴーリーと兄ピョートルは百人隊のコサックを率いて赤軍と対戦したが、巧みな赤軍の攻撃で部隊を四散させられ、兄はコシェボイの手で射殺された。勝味のない戦いをしている絶望感が、次第にグリゴーリーの心にひろがりはじめていた。酒の酔に心をまぎらせながら、戦闘の日々が続いた。かつてグリゴーリーとともに故郷を出た過去をもつアクシーニヤ(エリナ・ビストリスカヤ)も、村に帰ってきていた。思い出のドン河の水汲み場で、二人は互に相手をまだ忘れていないのを知った。赤軍のセルドープスキー連隊では叛乱が起っていた。シュトクマンは演説中を叛徒に射殺された。タタルスキーの村に赤軍捕虜がひきたてられてきた。ピョートルの妻ダーリャは夫の仇だと、捕虜の一人を銃で射殺した。集落を訪れたドン政府の将軍シドーリンは彼女に勲章と五百ルーブルを与えた。夫グリゴーリーとアクシーニヤの仲に気づいたナターリヤ(ジナイーダ・キリエンコ)は、心身ともに疲れはてて死んだ。フランスやイギリスの軍人をまじえたドン自衛軍の内部には沈滞の空気がただよっていた。赤軍は攻勢に転じてきた。自己嫌悪にせめられ、希望を失ったダーリヤは水浴中自ら溺れて死んだ。老パンテレイ(ダニロ・イルチェンコ)さえもが動員され、死んでいった。コサック達が住みなれた村を棄てねばならぬ時がやってきた。アクシーニヤをつれてノヴォロシースク港に逃れようとしたグリゴーリーは、病気の彼女と途中で別れねばならなかった。春がきて、疲れはてたグリゴーリーは再び村に帰ったが、妹と結婚し、村の革命委員となっているコシェボイは、彼を捕えようとした。山賊に近い雑軍に入って、赤軍に追われた彼は、遂に帰っていたアクシーニヤと手をとって旅に出た。しかし、彼女は赤軍哨兵の銃弾を胸に受けて死んだ。総てを失い、異様な風体でひとり集落にかえったグリゴーリーは、愛児ミヤートカを胸に抱いて、茫然とあてどなく歩を進めた。
Aksinya
Grigory
Natalya
Pantelei Melekhov
Pyotr
Darya
Dunyashka
Stepan Letakhov
Yevgeni Listnitsky
Shtockman
監督、脚色
原作
撮影
音楽
美術
考証
考証
[c]キネマ旬報社