マルグリット・ガンス
Lady Madeline Usher
「滴たる血潮」の前半及び「蒙古の獅子」の監督者であるジャン・エプスタン氏の新しい作品で、エドガー・アラン・ポーの諸作よりモチーフを得て自ら脚色そして監督製作したものである。主なる出演者はアベル・ガンス夫人であるマルグリット・ガンス夫人、ジャン・ドビュクール氏、シャルル・ラミイ氏の三人である。(無声)
不気味な燐光と、妖気の様な霧と、じめじめとした人気の絶えた沼地と、アッシャーの館はその中に一つ取り残された様に立っていた。その荒れ果てた姿はなにかしら人を憂鬱にするのであった。館の中ではアッシャーの最後の血をつぐ当主ロデリックが妻のメードラインをモデルとして毎日その肖像を描いていた。妻の肖像を描くというのはアッシャーの代々の慣わしであった。そして肖像が生の姿を得れば得る程、その描かれる人物は衰弱して行くのである。ある日、それは秋の夕ぐれであった。ロデリックを訪ねて友人がこの館に来た。久方ぶりでこの館に笑声があった。が、それも束の間で再びロデリックに画筆を手にする衝動が来た。そして肖像がいよいよ生の輝きを増して来た時、妻メードラインの命の緒は絶えた。そして、ロデリックと友と医師とは、メードラインの亡骸を棺に納め、野を横ぎり、川を越し、墓穴へと運んだ。が、ロデリックには妻が未だ生きているのだという考えが常に頭にあった。メードラインが去った後のアッシーの館は更に淋しかった。そして以前に増して妖しい音と影とに満たされて行った。それが募り募って極度に達したと見えた或る嵐の夜、風のむせび泣き、稲妻の閃きの内にロデリックに異常な霊感と衝動と精神力とが起こった。棺桶は壊れて蓋は地上に響きをたてた。そしてその内からメードラインが白い薄衣に包まれて立ち上がって来た。ロデリックは妻が己れの傍らへ崩れる様に歩いて来るのを見た。彼が妻を抱いた時、このアッシャーの館には妖しい火が諸所から起こった。友は二人を連れて火の中をこの館から逃れる。時に落雷、アッシャーの館の崩壊、後には燐光飛び交う沼地の夜、そのしじまと不気味と神秘と。
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