シャルル・ボワイエ
Prince Rudolf
オーストリアの皇太子ルドルフ、男爵令嬢マリー・ヴェッツェラの情死事件を描いたクロード・アネの小説をアナトール・リトヴァクが監督製作したもので、彼の出世作「最後の戦闘機」の脚色者ジョゼフ・ケッセルが脚色し、I・フォン・クーベが撮影台本を作成している。作曲は「最後の戦闘機」のアルテュール・オネガー、演奏はモーリス・ジョーベールが指揮している。撮影は「商船テナシチー」その他のアルマン・テイラールである。主演俳優は「運命の饗宴」のシャルル・ボワイエ、「禁男の家」「暁に帰る」「春信」「恋愛交叉点」「不良青年」のダニエル・ダリュー、外にコメディ・フランセーズ座のジャン・ドビュクール及びルドワの両名、「最後の戦闘機」のベルジュロン、マルト・レニエ、ヨランド・ラッフォン等である。
十九世紀が正に終わらんとしている頃である。ヨーロッパに最古の王統を誅るハプスブルク家に於ては、因習と頑迷のみがその宮廷を支配し、廷臣貴族たちはオペラ、舞踏、遊戯に、その日を送っていた、聡明闊達な皇太子ルドルフ大公は、ただ伝統のみに浸っているこの雰囲気に飽きたらず、折しも潮のように捲き起って来た社会主義運動に興味を抱き自由主義新聞社長セップスを友人とし、学生の社会主義運動に自らの身を投じていた。オーストリア国政の実権を握る宰相ターフェは自己の牙営を擁護するため、この運動に大弾圧を加え一味を尽く投獄する一方、皇太子の行動を封じようと、無理押しにベルギー皇女を妃として迎えしめたのであった。国と家のためとの名目の下に、一切を犠牲に供さしめられたルドルフ公は、その鬱憤のはけ口を酒と女に求め、日夜に亘る酒宴がつづけられ、鬱勃たる彼の英気はただそれに依ってしびれ忘れさせられていた。ある日彼は遊園地にその徒然を慰めていたとき、ふと男爵令嬢マリー・ヴェッツェラと知り合った。彼女の清純さ、飾らぬ美しさは強くルドルフの心を惹き、彼は激しい恋に陥った。しかしこの秘められた恋もやがて宰相ターエフの知るところとなり、彼の卑劣な手段によって、マリーはウィーンから遠く離れたトリエストの伯母の許へ預けられることになった。この世に只一つ、彼に与えられた真実のものマリーとの恋を阻まれ、凡て希望を失ったルドルフは、以前にもまさる激しい酒宴によってその淋しさをまぎらわしていた。幸いマリーは六週間の後赦されて帰ってきた。ルドルフは如何なることがあっても再びマリーと別れまいと決心し、ローマ法王に離婚の請願をし、彼女を正式に妃として迎えることにした。しかしこの願いは却下され父フランツヨゼフ帝は厳として直ちにマリーと絶縁することを命じた。ルドルフ公は決意を固めた。彼は二十四時間の猶予を乞い、ウィーンからはるかに離れた荘園マイアリングでマリーと許された最後の時をすごすことにした。荘園は深々と白雪に埋もれていた。残された十幾時間を二人は子供のように遊び戯れた。そしてマリーが昼の疲れに安らかな眠りに落ちるのを見届けた後、ルドルフは最後の準備にとりかかった。一切の整理を終えたとき何時しか暁が白々と訪れていた。轟然たる一発の銃声。続いてまた一発、老僕が何事かと馳せつけたとき、その美しい顔に何の苦痛の痕を見せず死んでいるマリーの骸の上に、自ら心臓を撃ち抜いたルドルフ公が折り重なって息絶えていた。一八八九年一月三十日のことである。
Prince Rudolf
Marie Vetsera
Franz Joseph
Stefanie
Countess Larsch
Baroness Vetsera
Count Taafe
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