田中真理
浅見リナ
中上甲之助が、リナを初めて見たのは、横浜の場末のバーであった。四十六歳のこの年まで、謹厳で誠実な学者として過して来た彼としては珍しく積極的に出て、ホテルに連れ込んだ。リナは、中上を一夜の遊び相手として、思う存分、官能の歓びに浸った。あくる日から中上の生活が一変した。彼はリナを誰にも渡すまいとしてマンションを買い与え、外出を禁止した。一方、中上の妻千加は、夫の態度の変化を敏感に嗅ぎ取っていた。そして、中上の教え子の二宮に命じ、中上を尾行させた。しかし、中上の行く先を突き止めた二宮は、千加に報告しなかった。二宮は、中上の目を盗んでは遊びあるいているリナと関係してしまったのだ。やがてリナは、マンションに帰らなくなった。中上は全てを投げうってリナの行方を探した。そんな中上を見て、千加は激しく叱責する。中上が今日の地位を得たのも全て、中上の恩師の娘である千加と結婚したからこそなのである。その千加との口論の中で、中上ははっきりとリナを愛している自分を自覚した。そして地位も名誉も捨てた裸の中上となってリナと生きようと決心する。中上がそのような気持でいると知ったリナに、初めて中上への愛といたわりが湧いて来るのだった。やがて、リナは中上の待つマンションに戻った。今、中上とリナは、新しい生活を生きぬいていく心で結ばれ、二人を祝福するかのような朝の光の中で、燃え上がっていった。
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