田中絹代
おえい(宝永楼主人)
戦後の京都・島原遊廓を舞台に女の世界の哀歓を描いた北条秀司の原作『太夫さん』(昭和三十年十一月、新派が明治座で上演、テアトロン賞受賞)の映画化。「夕凪」の八住利雄が脚色、「柳生武芸帳(1957)」の稲垣浩が監督した。撮影は「ロマンス誕生」の岡崎宏三。主演は、これが東宝復帰第一回作品の乙羽信子、「月と接吻」の淡路恵子、「別れの茶摘み歌 お姉さんと呼んだ人」の扇千景、「異母兄弟」の田中絹代、「大学の侍たち」の環三千世、「夕凪」の万代峯子、千石規子。ほかに中北千枝子、小沢栄太郎、色彩はアグファカラー。初期タイトルは「太夫さんより」。1957年10月1日より先行ロードショー。
京都の島原遊廓にある宝永楼は、三百年の伝統を誇る老舗である。女主人おえいは商売柄に似合わぬお人好で太夫たちに寛大であった。玉袖太夫は登楼客の米太郎にそそのかされ、太夫の待遇改善の要求書を、おえいにつきつけてかんかんにおこらせた。こんな騒ぎの中に、兄と称する安吉に伴われた喜美子が、太夫志願にやってきた。おえいは安吉に二万円渡してやった。ところが安吉は兄ではなく夫で、喜美子が妊娠して金に困り、だまして廓に売りとばしたことがわかった。喜美子は精神薄弱で、おえいは事情もわからず泣きじゃくる彼女をみて、約束通り太夫の披露めも済ましてやった。宝永楼には、かつては松の位で今はみる影もない美吉野太夫、酒呑みで横着者の深雪太夫、宿命と諦める若い九重太夫や矢車太夫たちがいた。泥棒の疑いで検挙された米太郎に裏切られたと思った玉袖は、縮緬問屋の番頭佐七に身請けされたのも束の間、佐七も主家の金を使いこんで警察に引き立てられていった。出所した米太郎は、新世帯を持った玉袖にあれこれといいよった。玉袖は心で強く抵抗しながら、遂に彼に身を任せてしまった。島原では戦後初めての太夫道中が再興されて、おえいたちは準備にいそがしかった。その太夫道中の日、喊声をあげる見物の中に、病に犯されたかつての美吉野太夫や、近くの赤線街に鞍替えをした深雪太夫の顔もみえた。その時、見物人の中で米太郎が脇腹を抑えて倒れ、側に玉袖が血塗られた短刀を持って立っていた。そして彼女の喉からも血が流れていた。そんな騒ぎもしらずに今日もおえいは興奮した手付きで切火をつけていた。
おえい(宝永楼主人)
善助(輪違家主人)
玉袖(宝永楼太夫)
喜美子(宝永楼太夫)
深雪(宝永楼太夫)
美吉野(宝永楼太夫)
九重(宝永楼太夫)
矢車(宝永楼太夫)
和枝(宝永楼禿)
照代(宝永楼禿)
お初(宝永楼仲居)
お千代(宝永楼仲居)
お倉(宝永楼仲居)
おまつ(宝永楼仲居)
米太郎(玉袖の情夫)
安吉(喜美子の情夫)
佐七(ちりめん問屋番頭)
伝助(ちりめん問屋大番頭)
五助(うどん屋)
おくに(かやく飯屋)
薄雪太夫(前宝永楼太夫)
尾上(前宝永楼太夫)
おたま(安吉の愛人)
里親(喜美子の子の)
ジープ主人
べに子(ジープ抱妓)
チェリー(ジープ抱妓)
まゆみ(ジープ抱妓)
お為(深雪の母親)
かん八(幇間)
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