高橋貞二
佐藤正一
「惜春鳥」の木下恵介が書き下ろし、自ら監督したもので、庶民生活の空しさ、悲しさを描き出そうとするもの。撮影も「惜春鳥」の楠田浩之が担当した。
湘南の海の近くの小住宅が、佐藤の家である。主人の正一は、東京の会社へ勤める安サラリーマンだ。妻の保子は息子の一雄と家事に忙しい。平凡な生活。家の借金返済のためもあり、会社の部長に月六万円で避暑用に家を貸すことにした。正一は東京の同僚のアパートに転りこみ、保子は子を連れ、軽井沢の実家に帰った。雑貨屋の実家には、母のほかにタクシー運転手の弟哲生、働き者の春子夫妻とその子、小諸の町工場勤めの弟、真面目な五郎たちが和かに暮している。鍋を買いに来た中老の男・周助は一年ほど前から材木屋のはなれに小さい女の子と住んでいる。五郎は帰着した材木屋の娘紀子に淡い恋を感じた。流れこみのヤクザ・赤田の子分どもが、紀子とその友人たちをおどし、殴りつける事件が起きた。子供たちの水遊びを見守りながら、周助はそれらヤクザたちへの憤りを保子にもらす。佐藤が東京からやってき、北軽井沢に避暑の専務夫人を訪問した。麻雀のお相手である。保子は同行したが、会社のことばかり考えている夫が不満だった。彼女が周助の家を訪ねた時、彼は石屋に頼まれた墓の戒名を書いていた。彼は元陸大出の軍人で、戦争で人間を殺した罪を感じ、子供だけを頼りに、旅館女中の妻とも江の仕送りで細々と暮しているという。恩給さえも断ったから、妻は怒り、今では名ばかりの夫婦である。彼の口ずさんだ藤村の詩が保子の心の底にしみこんだ。--赤田の情婦ミミは彼の別の女を嫉妬して、碓氷峠の自動車事故で消されてしまう。赤田の子分が自動車を哲生の車と衝突させたのだ。その入院と同じ日、周助の幼い葉子が疫痢になった。軒の風鈴が子の命を刻むように聞え、周助は保子に持ち帰ってもらう。が、葉子は死んだ。また佐藤が麻雀にやってきた時、保子は同行せず、周助を訪ねたが、彼は端座してひとふりの短刀を見つめていた。彼女はそれを取り上げ、持ち帰った。周助と別れたとも江は赤田たちと酒を飲んだりしていた。親しくなった紀子と五郎が、その夜、赤田の子分に襲われ、五郎は負傷した。命がけで紀子を護ったのだ。見舞の帰途、周助はいつかの川辺で保子に話した。葉子は、妻と他の男の間の子なのだと。が、彼はその死を自分の生が絶たれたように苦しんでいた。保子は泣きながら慰めた。私にだってどんな希望があるでしょう。どんな苦しい思いでささやかな幸福に満足していることか。二人は手を取り合った。生涯で一番柔い女の手ですよ。彼はそのまま立去ったのだ。保子は、夫に預けた短刀を周助が待ちだしたと聞き、雨の中を走った。死ぬつもりだと直感したのだ。--別荘で、赤田は短刀で刺され、周助は銃弾に撃たれたまま、死闘を続けていた。--佐藤夫婦は湘南の家で再び元の生活を始めた。軒につるされたあの風鈴が、晩秋の風に鳴った。
佐藤正一
佐藤保子
佐藤一雄
竹村周助
竹村とも江
保子の母
森哲生
森春子
森肇
森五郎
紀子
赤田健三
ミミ
別の女
男A
男B
男C
男D
学生A
専務
観翠桜の女中
近所の奥さん
[c]キネマ旬報社