阪東妻三郎
植森隆平
「別れも愉し」に次ぐ田中重雄の監督作品である。
自由主義思想を抱く代議士植森隆平は大東亜戦争前から日本戦うべからずと主張し戦争防止に努めていた。だが大勢の赴くところ遂に戦いに突入した。参謀本部の中江少将は植森と長年の親友であったが、その抱懐する思想は正反対で、ことごとにぶつかり合っていた。戦争勃発と共に中江少将は出征、その息皎太郎も陸軍少尉として出征したが、出征前植森の娘みどりと婚約解消を申し出たが、みどりは承諾しなかった。国内の雰囲気は緒戦の戦争に酔っていよいよ軍国主義的色彩は濃厚となり植森の身辺には当然圧迫が加えられ、衆議院に於ける演説は非国民の烙印さえ押された。戦線から帰還した中江将軍の歓迎会の席上植森は和平を主張してついに中江と衝突し、中江は植森を憲兵隊に告発した。植森は憲兵隊に拘引され拘置所に呻吟する身となる。この間B29の本土空襲は日毎に激化し、植森の留守宅も災禍を受け妻の田鶴は防火中その犠牲となって倒れた。檻禁中の植森は拘置所長の冷たい言葉で妻の死を知らされ深い悲しみに閉ざされたが彼はどこまでも自説を曲げなかった。昭和二十年八月十五日遂に停戦の聖断は下された。政権を専断し国民を強圧していた軍の権威は一挙に失墜し中江将軍は責を感じて自決、皎太郎とみどりは再び結ばれる。青天白日の身となって拘置所を出た植森を待つものは敗戦の現実の上に立って平和日本建設に邁進する若人達と新しい時代の曙光であった。
植森隆平
妻田鶴
長男修一
次男康次
中江儀介
息皎太郎
堂野千太郎
妻さき
息庄造
娘邦江
みどり
齋藤大佐
新聞社長
衆議院議員
伊東博士
拘置所長
真野代議士
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