片岡千恵蔵
大木哲三
森一生の復員第一回監督作品。
明治十三年日本が西欧文化を輸入し自由民権の潮流がようやく盛んになろうとするころの物語である。医学生の大木哲三は進歩的な思想をもつ青年である。彼は寄宿している郷党の先輩で宮内省の侍医土屋宗順と、現在の医学が一般大衆に開放されず、一部特権階級にのみ独占されていることにつき激論し土屋の娘緑の阻止を押し切り、遂に邸を出て苦学することになった。土屋は大木の才能を惜しんで、以前自分の家の俥夫で現在俥宿を経営している三五郎に蔭ながら大木の世話をするように依頼した。俥宿に止宿する大木の眼に映じた俥夫の社会は封建的な義理人情に縛られ、親分子分の主従関係が彼等の人間性を蹂躙していた。大木はまず三五郎を説いて俥夫の生活向上と事業の発展のために共済組合の設定を提唱し、その実現に努力した。しかし俥夫自体の無自覚と「殿さん松」と称する親分の妨害によって、大木の努力も種々障害に逢着せねばならなかった。俥宿の娘お鶴は勝気な性格であるが、いつしか大木に微かな恋心を覚えのであった。がしかし土屋の令嬢緑が同じく大木を想っていることを知って自分の恋を諦めようとする。緑はある夜舞踏会の帰り途偶然俥夫姿の大木に逢った。大木は自分が現実の社会から学んだ大衆の悲惨な生活を激しい語調で語るのであった。彼女はその激しさに圧倒され遂に自分の心を打ち明けることも出来なかった。大木達の共済組合は次第に堅実な歩みをしめし、これに脅威を感じた殿さん松一派は暴力をもってぶち壊そうとしはじめた。組合は動揺し始めた。大木は暴力は絶対にいけないと説得するのだった。大木の不撓不屈の精神は遂に組合運動の実を結び、殿さん松の暴状も警官によって押えられ捕縛された。俥夫達の世界に明るい光が射すようになった。大木は自分の学が医学の世界においても貧しい人々のために実費診療所を開設することになり、土屋宗順も彼に協力することになった。それには緑の力が大いに与っていたのではあるが--かくて緑は白い手袋を脱いで大木と共に大衆の中に入って行く。
大木哲三
土屋緑
土屋宗順
雲長
添島輝之
三河屋三五郎
殿さん松
仙波屋弥兵衛
佐藤博士
長吉
お滝
お勝
三好
おつる
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