沢紀子
鮎川高子
田中重雄門下の新人鈴木英夫の監督昇進第一回作品、脚本も自身で担当、撮影は「花咲く家族」「看護婦の日記」の峰重義。松竹「非常線(1947)」の水島道太郎、久々の伊沢一郎に、新星沢紀子が初出演し、美奈川麗子が共演。
高子はしとど降る雨の夕暮、阿部を戦地に送ったあの日のことを思い出していた。同窓の明子夫妻の家に今は窮屈な居候生活をしなければならない。それというのも戦災で家も肉親も失ったため今は、愛人阿部の帰還だけが高子にとっての希望だったのだ。明子夫妻の留守中、行方不明で困却していた復員者の庄太の面倒をみたのが、明子のカンにふれ、高子は当もなく佐田の家を飛び出してしまった。が偶然また町中で庄太と会い、同じような運命におかれた二人は、無情な町から町へ宿を求めてさまよわなければならなかった。有産階級が遊び興じる部屋はあっても、二人が夜露をしのぐべき部屋は一つとしてないのだ。焼ビルで二晩を明した二人は巡査の好意で、やっと暖かな人の心に触れることが出来た。その下宿屋から庄太は友人を、高子は阿部を探しに毎日出かけるのだったが、お互いの心にいつか離れ難い愛情の芽生えを、どうすることも出来なかった。高子が阿部を待ちあぐねていたのも一つの夢に過ぎなかったのだ。高子がはっきりと現実を掴む事が出来た時、庄太と高子の心はピッタリと結ばれていた。
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