大日方伝
西脇章
オール読物誌に連載された川口松太郎原作「夜の門」の映画化で「裁かれる愛情」の柳川真一が脚色し、木村恵吾が新春第一作としてメガフォンをとる。カメラは「天下の御意見番を意見する男」の牧田行正。主演は「愛情診断書」の大日方伝(新東宝)と「裁かれる愛情」「悪魔の乾杯」の日高澄子で「懐しのブルース」についで櫻井潔とその楽団が特別出演する。
敗戦の日の上海のとあるホテルの一室。西脇章のかき鳴らすピアノの旋律に野口章子は魅せられるように近寄って行った。顔も知らない同志の二人ではあったが、さかづきを合せて互いに日本の再建に雄々しく生き抜く事を誓い合った。歳月は流れて戦後の京都、キャバレー「京都」ではエミイ野口と呼ぶ新進歌手が彗星の如く現れて人気をさらっていた。それは章子新生の姿であった。キャバレーの支配人湯村は章子の歓心を買うためには金銭をおしまず、また引く手数多の誘惑から章子をまもり続けていた。そうしたある日湯村は章子を引き抜きに来た松倉と争い、自動車で逃げた章子は智恩院の山門で上海以来の西脇に会う。その翌日西脇は章子をキャバレーに尋ねるがそのころ湯村は松倉一派の復讐をおそれて章子の出演を無理にとめ、嵐山の彼の別邸に章子をかん詰にする。章子に対しパトロン以上のものを求めんとする湯村は絶好のチャンスと寝室に章子をおそうが、章子は強く拒絶して怖れと怒りのあまり、ホールからも身を引く。章子の相談を受けたバンドマスター筈見は、撮影所の所長田村が章子の映画出演をかねて懇望しているのを知って、章子にすすめる。それは西脇が章子との思い出を書いた終戦当時の上海に発端するラヴ・ロマンスで、西脇自ら原作、脚本、監督を担当し、章子自身をそのヒロインにする「夜の門」という題名の映画だった。撮影所で三たび会った西脇と章子のめぐり会せ、それは余りにも宿命的なものであった。二人のうわさが高まるにつれて、なお章子を思い切れない湯村は撮影所がえりの章子を車にのせて、結婚を強要するが章子の変らぬ態度にすべてをあきらめて章子を降し去って行く。章子は邪魔ものを排し得たよろこびに西脇の書斎を尋ねたが、折柄そこに訪れたのは母にともなわれた西脇の妻眞理子だった。眞理子は狂人であったが、自分の愛する人に妻のあるおどろきに、章子はアパートにひとり悄然ともどる。西脇の熱心な求愛、狂人なるが故に眞理子を離縁し章子との幸福な結婚生活を願う西脇の母の願いもけって、章子はすべてをあきらめて西脇のもとを去ってゆく。それはちょうど敗戦の日の上海で二人が別れた時のように--。
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