小杉勇
父峰三
「ぜったい愛して」「春爛漫狸祭」の清水龍之介の企画。石川達三原作の「幸福の限界」を「火の薔薇」「四人目の淑女」の新藤兼人が脚色。監督は「春爛漫狸祭」の木村恵吾。出演は「花嫁選手」で監督に転向し、その後「木曽の天狗」「千姫御殿(1948)」に出演の小杉勇、「受胎」につぐ田村秋子の第二回映画出演、「一寸法師(1948)」の市川春代、それに「時の貞操」「颱風圏の女」の原節子が大映京都第一回の出演である、「一寸法師(1948)」「生きている画像」の藤田進も大映第一回出演である。片山明彦も「土曜夫人」以来の出演。
のどかな日々を送っている高松家に突然長女の省子が一女をつれ、婚家からもどってきた。二十五の未亡人--それが不びんであるという向こうの両親の心使いだった。父の峰三は「まあ、ゆっくり、そのうちいい良縁を見つけるさ」と楽観している。この父に一番の難物は次女の由岐子で、姉の姿を見て「お嫁に行くのは女中奉公とおなじよ、ただ性生活を伴う女中生活よ」といいのける近代娘であったが心の底は何ものにも侵されない信念を持っていた。父と同じ会社に勤め、傍ら演劇の勉強をやっていたが、父と一緒に出勤したためしがなかった。こうした由岐子に研究劇団の大塚がクローズアップされてきた。情熱家で理解の深い演出家--貧しさにもこう然としている姿にいつか心引かれていった。二人がスキーに出かけた事から父は「勘当だ」と激怒した。仲に入ってなだめる母にも「お前もか、出てゆけ」峰三の頭にはもう何もない。娘・妻・もうそんなあしでまといなどで、徒らな心配をしたくないと思うのだった。結婚して二十六年母は始めて夫に逆らって家出した。由岐子は大塚との平凡な交際のうちに、強い心と心とのきずなを見出して結婚を願った。そして二人で行った温泉宿で始めて、すべてを許し合った。「これからが私達の生活よ」強い信念のこもった声だった。母は由岐子を信用していたが、この強い娘の生き方に安どした。そしていつか夫を心配して、家をのぞいて見ると、そこには嫁いだ省子が託していった孫と喜々と戯れている姿が目に写った。涙がほほを伝ってきた「これが女の幸福の限界なのだ」……。由岐子がリュックを背負って大塚と思い出の南伊豆に旅立った日、年老いた夫妻の見送る姿が見られた。
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