藤田泰子
吉川孝子
「花の素顔」の小山孝の製作で、「真昼の円舞曲」の新藤兼人の脚本を、同じく吉村公三郎がこれを監督する。撮影も同じ生方敏夫の担当。主演には新人(アーニーパイル出身)藤田泰子が抜擢され、「野良犬(1949)」の志村喬、「初恋問答」の佐野周二の他、「嘆きの女王」の沢村晶子、「花も嵐も」の龍崎一郎らがそれぞれ出演する。
東横線田園調布駅から毎朝渋谷駅に勤務する孝子は、吉川家の四人姉妹の長女で、彼女には同じ東横線の運転手をしている木島敏夫という婚約者がいた。婚約してから両家の経済状態が思うようにならず二年もたってしまったのである。この頃ちょうど折悪しく孝子の父は、ある鉄工所の職工をしていたが、会社の経営が良くない上に、年が年だけに失業してしまった。母はコボしてはみたもののどうにもならぬまま暗い空気が一層家庭の中を覆っていた。しかし健気にも妹の友子は何を思ったか近所のセメント会社の社長宅に女中奉公を決心して勤め出した。だが孝子の月給と友子の月給ではいくら弟の浩一がアルバイトをしながら学校に通っていても、到底吉川家を支える事は難しかった。それに末妹の広子はまだ小学生である。この様な家庭状況の中で、孝子は木島との婚約をそれとなく急いでいたが、同じ孝子の立場が木島であった。いざ結婚するといっても木島は木島で月給の半分を家に送っている現在、孝子同様の重荷なのである。好きで好きで婚約した二人の気持ちは何かにつけて暗くすごす様になってしまう。一方岡崎家に女中奉公した友子は、暖かい家庭の雰囲気につつまれて楽しく働きに喜びを感じていた。岡崎家の一人息子の保はある交響楽団の指揮をやっていた。彼の妻は一人娘朱実を残して死んでしまった現在、何かにつけて不自由であったが、彼の両親が朱実の一切のめんどうを見てくれていた。とある日孝子は、ふとした事から知り合った岡崎保に、その気質を見込まれて正式に結婚を申し込まれた。孝子の両親は木島にはすまないがと、現在の吉川家を考えるとこの結婚を進めるのであった。その上父をセメント会社の守衛に雇ってくれた。孝子はフト迷ってしまった。毎日フサギ込んでしまった。その頃ちょうど木島は静岡に転勤する事になったので孝子は木島を小田原まで送って行った。汽車の時間を待つ間、海岸の砂丘で二人はそれぞれの楽しみを味わった。愛することの難しさ、そしてこの運命を。孝子は木島に対する愛情が決して断ち切れるものではないことを深く悟った。汽車が遠ざかって孝子は、何年でも木島を待つことにはっきりと決心したのである。
吉川孝子
妹友子
弟浩一
妹広子
父浩造
母静江
木島敏夫
岡崎保
岡崎荘一郎
妻咲枝
谷本
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