大河内傳次郎
座長大桜
製作は「異国の丘」につぐ佐藤一郎原作は高田保の喜劇脚本「大ざくら剣戟団」を映画化したもので、同じく「異国の丘」の渡辺邦男が脚色並に監督するほか、撮影も「異国の丘」の平野好美で、ほとんど同一スタッフが担当している。主演は「佐平次捕物控・紫頭巾」につぐ大河内傳次郎に「歌うエノケン捕物帳」以来の榎本健一の映画出演に「湯の町悲歌」の宮川玲子が共演している。
チャンバラものを売りものにしていた旅回りの大桜剣戟団の一座の中にも、もはや太刀回りなど止めて現代劇に転向しようという座員の空気が強くなってきた。その中にあっても座長の大桜を絶対支持するものがあった。働き者の小桜こと半ピンと呼ばれる小男と、道具方の庫造と、大桜をひそかに恋したう吉野さくらだった。ある町に流れてきた一座は、太刀回りのチャンバラを社会に影響するからという理由で警察署長に禁じられてしまった。そこで大桜現代劇団と名も改めたが、おさまらないのは若い座員で、現代劇団という以上はマゲものを止めて現代劇に重点をおこうとする空気が濃厚になってきた。そこへもってきて劇場主はチャンバラだと興業的にも巧くいくから警察の目のないときだけ合図で派出な太刀回りをやってくれと相談をもちかけてきたのである。生来潔癖な大桜はガンとしてきかず、時間がきても酒を離さない始末に舞台に間があくし、若手は怒って楽屋に入ってしまった。その間を大桜に突き出されたヒョウキン者の半ピンが時間をつなぎつづいて大桜が舞台に出て、わずか二人で座員一同の責任を一手に引きうけて、立派に穴をうめたのだった。一、絵本太閤記、尼ケ崎の段、一、所作事八百屋お七、一、御存知国定忠治赤城山の場、一、東海道四谷怪談、と二人は矢つぎ早にふん装しては何役もつとめ、最後に盛大な拍手の中に幕が閉じられたときは、座長の大桜は疲労で倒れてしまったほどだった。その事件があってから、今まで馬鹿にされていた半ピンが大役をしてのけたというので座員から一大反撃をくらって、まさに半ピンは除名されるところだった。その時ふと気がつくと半ピンの姿が見えないのだ。半ピンはサンドイッチマンが急病で宣伝が出来ないと聞いて、自分からその役を引受けたということが解り、だれも言葉を挟むことが出来なかった、結局一座のことを一番心配し、誠意をもって実行してくれるのは半ピンの小桜以外にないと悟った大桜は、半ピンに一座をまかせる決心をしていた。一座のゴタゴタもしずまり、去って行ったものも思い返してもどってきた。何事にも屈しない半ピンの誠意が始めて分ってきたのだ。そして一座はまた隣り町へと出発した。しかしその船出に半ピンの手に握らされたものは一座をまかなうお金だった。大桜は娘のいる田舎へと若いものに一座をゆずって去っていったのである。
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