長谷川一夫
並木礼三郎
製作は「千丈ヶ嶽の火祭」の服部靜夫で、脚本と監督は「お富と与三郎」「千両肌」など時代物を手がけている冬島泰三、撮影にはベテラン杉山公平が当っている。主演は、「千両肌」「火の鳥(1950)」の長谷川一夫と、「こころ妻」の山根寿子、それに元、阪東好太郎こと本間謙太郎と「指名犯人」の利根はる恵等。
江戸は、天朝様が、京都からこの土地へ都を遷されるというので、その遷都奉祝のために湧き立っている。そのとき海岸へ、大赦で島から帰された囚人を乗せた囚人船が着いた。その中に、並木礼三郎の変り果てた姿があった。彼は陸へ上がると、取りあえず、島の垢でも落としてと通りがかりの長寿湯ののれんをくぐった。三助に背中を流させながら、世間話をしているうちに、思いは自然と昔へ帰って行く。水郷茂原の代官並木嘉右衛門の息子として生い立った礼三郎は、貧しい水車小屋の娘お光との恋を許されないまま手に手を取って江戸へ出て来た。それを知った、代官所の用人軍兵衛は、御用金を盗んで嘉右衛門の若い後妻おしんと不義の駆け落ちをして、その罪を礼三郎へ着せた。そのため礼三郎は江戸へ着く追手に追われ、お光とも離ればなれになってしまった。そしてすりの金太の手引きで、船で知り合ったお駒の父佐原仁右衛門の組織している群盗の一味に加わり、「鬼あざみ」と異名を取るようになった。一味は、徳川家再起のための軍資金と称して数々の悪事を働いていた。そのあいだにお光は流れ流れて、いまは夜鷹の群に落ちていたが、ある夜、追手をかけられた礼三郎が逃げ込んだのが、計らずも落ぶれ果てたお光の家だった。お光の姿は礼三郎が長い間胸に抱き続けたあの清らかな昔の面影はなかった。泣いてすがるお光を、礼三郎は冷たく突き放した。そして、一味の棲家の古寺へ帰って行ったが、金太の親切な計らいでお光はその後を追って行った。礼三郎は、偶然のことからおしんに出会い、軍兵衛の罪が自分に着せられていることを知ったが、軍兵衛が一味に加わったとき何も言わなかった。ところがある夜一味が伊藤玄朴の邸へ押込み、女好きの銀兵衛が玄朴の娘に手をかけようとしたのを礼三郎が阻止したことから、礼三郎が仲間の諮問を受けることになったとき、軍兵衛は再び礼三郎を裏切ったのだった。一味の悪業を内心嫌悪していた礼三郎の怒りは爆発して、物凄い同志打ちが展開され、一味の殆ど全部が礼三郎の刀の下に倒れ、礼三郎もついに囹圄の人となった。しかし彼が金太に最後に残した言葉は、邪険に扱ったお光への詫びの言葉だった。思い出からふと我に返った礼三郎は髪結床を出て、祭りの人込みの中へ紛れて行った。お光には会いたいが、行方は判らない。ふと北海道開拓夫の募集を見て行ってみる気になる。その夜七つに永代から船が出るという。その夜、江戸へ着いた夜お光にはぐれた高灯篭に心を引かれながら船に乗り込もうとしたとき、礼三郎を探しあぐねたお光と金太とに、奇しくもこの高灯篭の下で再会をしたのだった。
並木礼三郎
お光
並木嘉右衛門
おしん
大塚軍兵衛
お駒
矢柄銀兵衛
須藤伝六
お紋
伊藤玄朴
永代ノ梅吉
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