春日野八千代
花柳寿美
原作は、東京新聞に連載された、邦枝完二のモデル小説『東京一代女』で「夜の緋牡丹」の八田尚之が脚色、「夢は儚なく」「恋愛台風圏」の野村浩将が監督に当っている。製作は「歌姫都へ行く」の三上訓利。宝塚少女歌劇の春日野八千代が主人公花柳寿美に扮して映画に初出演し、「夜の緋牡丹」の龍崎一郎、「天皇の帽子」の折原啓子、新生新派の花柳章太郎、その他、夏川静江、古川緑波、伊沢一郎、吉川満子、飯田蝶子、河村黎吉、高橋豊子などのヴェテランが出演している。
新橋竹の家の芸者小奴は、踊の上手な妓として知られていたが、小奴の後援者山吹周吉は芸者としてより、新しい舞踊家として一本立ちすることを彼女に勧めて、出来る限りの後援をすることを約束した。歌舞伎の後進以外の弟子を取らないという不文律を固く守っている六代目菊五郎も、一度小奴の踊りを見て以来、親身になって指導してくれることとなった。芸者の足を洗い、舞踊家花柳寿美として出発した彼女には、毎日激しい稽古が続いた。しかしそうした間にも、六代目夫人の弟で山村耕一という海軍士官との間に、恋が芽生えそめた。それは、六代目の家から稽古の帰り路芸者時代の彼女に横恋慕していた成田山の鬼酔和尚に襲われたとき彼女を送ってきた耕一に見事に撃退して貰って以来のことだった。二人は結婚を約束したが、この事が六代目の耳に入って、二人は彼の激怒を被り、寿美は出入り禁止を言い渡された。芸道の中途で恋や結婚に心を奪われるようなものは弟子ではないとの、六代目の言い分であったが、彼は内心では寿美がもはや一人立ちの出来るところに来ていることと、出入禁止を薬に、彼女に一層の精進をさせようとの親心もあったのであった。耕一は心を残して出征、やがて中華事変で戦死した。寿美は、傷心やるかたなく、美濃の長良川のほとりに旅館を営む実母おしんの家へ保養に出向いた。その宿で寿美は詩人高島達之助に出会った。最初寿美は、高島が死んだ耕一に生き写しであることにびっくりし、心を惹かれたが、付き合っているうちに、高島の飾らない心と、彼の芸術への熱情にぐんぐんと惹きつけられて行った。情熱的な寿美は高島こそ自分の一生の伴侶であると思い込んで、折から見舞いに訪れた山吹の了解をも得たのであったが、一方高島は、寿美の舞踊家としての生命は、豪華な雰囲気の中でしか育たないことを見抜いて一人京都へ去って行った。寿美は第一回舞踊発表会を控えて、京都まで高島を追って行くが、寿美は、全てを捨てて舞踊に一生を打ち込むべきだと諭され、淋しく東京へ帰った。しかし彼女の第一回の舞踊発表会は、華々しく開かれた。舞台一杯に踊る寿美の美しい姿に魅せられている観客席には、山吹や、養母のおたけ、おしん、六代目夫妻などの顔が見えた。その頃、やはり寿美のいる東京に心惹かれる高島は、京都駅から彼を秘かに恋している山田蕉風の妹由起子に見送られて東上の列車の人となっていた。
花柳寿美
高島達之助
六代目菊五郎
菊五郎夫人
小山内薫
山吹周吉
山田蕉風
妹由起子
鬼酔和尚
おたけ
おしん
君太郎
足袋銀
おつた
桜川線考
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