下田逸郎
有永甚
昭和二十年八月七日の大空襲によって、二千四百余名の犠牲者を出した豊川海軍工廠壊滅の悲劇を、戦後二十八年目の慰霊祭を背景に、若い二人の男女を通して描く。脚本は山田正弘、監督は脚本も執筆している「修羅」の松本俊夫、撮影は押切隆世がそれぞれ担当。
有永甚は、ゆきずりの町、豊洲で、あずなという十六歳の少女と出逢った。豊川は戦時中、東洋一を誇る海軍大工廠があったことで有名である。当時海軍工廠には、豊川を中心とする中部地方から動員された多くの若者たちが働いていた。しかし、昭和二十年八月七日の大空襲で大工廠は全滅し、多くの若者たちも死んだ。甚はあずなの強引な誘いで彼女の家を訪れ、泊ることになったが、夜ふけに男に襲われた。その男は、あずなの叔父で岡治という精神病者だった。岡治はかつて受けた強烈な戦争体験から抜けきれず、終戦記念日を迎える頃になると、錯乱状態に陥いるのであった。工廠跡に近代工場を経営する父康三郎、かつての挺身隊の美しい母保子、過去と現在をさまよう叔父。その中で自由に生きるあずな。そんな家庭に興味を覚えた甚は、すすめられるままに、しばらくとどまることにした。そのうち甚は、保子に自分の母のおもかげを見つけ、それを求めるようになっていった。一方、あずなは、保子が秘密を持っていることをかぎつけた。自分と同じ十六歳の時に男の子を生んで、しかも捨てたらしいのだ。保子は当然否定したが、あずなの心に疑惑が広がり、やがて母だけでなく、大人全体への不信にまでつながっていった。折しも町では、豊川工廠の慰霊祭が盛大に行なわれていた。あずなは数千の、さまよう魂を乗せた灯ろうを見下ろしながら、体裁ばかりをとりつくろう生き方にいや気がさし、死ぬ決心をするのだった……。
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