ヴァン・ジョンソン
Lt.Michael Grayson
M・G・M日本支社再開第1回公開作品。第2次大戦中2世の志願者によって編成された第442部隊の功績を描き、併せて人種問題をもテーマにした1951年作品で、製作は「戦場(1949)」のドア・シャアリィ、脚本と監督は同じ「戦場(1949)」の原作者ロバート・ピロッシュがあたり、撮影はポール・C・ヴォーゲル(「戦場(1949)」)、音楽はアルバート・コロンボの担当。出演者は「戦場(1949)」「恋愛聴診器」のヴァン・ジョンソンと第442部隊の生き残り勇士、アキラ・福永、ジョージ・三木、ヘンリー・中村、レーン・中野、ケン・岡本、ヘンリー・岡里、それにイタリア出身の新人ジァンナ・カネールらである。
1943年、日系2世の志願兵制度が許可になり、ミシシッピィ州のキャンプで訓練が開始された。そこへテキサス出身のグレイスン中尉(ヴァン・ジョンソン)が配属されて来たが、彼は部下がすべて2世であると知ってくさり、上官に転勤を頼むが聞き入れてもらえない。彼の配下のオハラ軍曹を分隊長とする1隊は、大学出のサム、小男のマサミ、年中ウクレレを弾いているカズなどなど、誰を見ても中尉にはピンと来ない。中尉は彼らに実に思いやりのない猛訓練を強いたが、2世たちは歯を喰いしばって堪え、やがて立派な戦闘部隊として第442部隊は伊太利戦線に従軍した。戦闘を重ねる毎に死傷者も増大して行くが、2世たちの勇敢な戦いぶりにグレイスン中尉もいつか部下を信頼し、誇りにさえ思うようになった。次いで第442隊は南仏戦線に転戦したが、その頃グレイスン中尉の転属したテキサス聯隊がヴォージュ山で独軍に完全に包囲されて全滅の運命にあった。この救出の命が第442部隊に下り、かれらは敵の猛反撃をものともせず奇蹟とも思える救出に成功し、昔の隊長と感激の握手を交した。かくて彼らは最大多数の戦死傷者を出したが、米軍中もっとも多くの感状と勲章を得、1946年祖国アメリカへ帰還したのだった。
Lt.Michael Grayson
Sam
Chick
Frank
Kaz
Ohhara
Masami
Tommy
Col.Chares W.Pence
Sgt.Wilson I.Culley
Rosina
Capt.Solari
監督
製作
撮影
音楽
美術
美術
編集
録音
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