白石和彌監督「日本映画は変わろうとしている」『孤狼の血II』で取り組んだ“ハラスメント根絶”への想い

インタビュー

白石和彌監督「日本映画は変わろうとしている」『孤狼の血II』で取り組んだ“ハラスメント根絶”への想い

第42回日本アカデミー賞をはじめ高い評価を得た映画『孤狼の血』(18)の続編『孤狼の血II』(2021年公開予定)の撮影が、呉市と広島市を中心に9月29日から35日間にわたって敢行され、無事にクランクアップ。白石和彌監督はクランクイン前日の9月28日に、より良い環境での撮影を目指し、ハラスメントなどの予防につながるようにと、キャスト、スタッフと共に専門家による“リスペクト・トレーニング”を受けた。

ハリウッドでセクハラや性的暴行などの被害者たちが声を挙げた「#MeToo」の運動などを皮切りに、世界的に映画業界の環境改善が声高に叫ばれるいま、日本映画界では、まだまだパワハラやセクハラに声を挙げる人は少ない。そこで、白石監督は、日本映画界の旧態依然とした体質に一石を投じるべく、今回の講習への参加を希望。東映映画では初の試みとなり、当日はマスコミもオンラインで講習に参加した。

【写真を見る】熱心に耳を傾ける、『孤狼の血II』のキャストやスタッフ陣
【写真を見る】熱心に耳を傾ける、『孤狼の血II』のキャストやスタッフ陣

講習を行ったのは、企業のハラスメント研修をサポートしてきたピースマインド株式会社で、講師が様々なパワハラやセクハラの具体例と対処法をレクチャーし、全員が耳を傾けていた。なかには、ギリギリのラインをつく事例も紹介されるなか、白石監督は何度も講師に質問を投げかけていた。

終了後、マスコミの囲み取材に応じてくれた白石監督は、今回参加したいと思った動機についてこう話す。
「いままでは、クランクイン前にオールスタッフの打ち合わせで、『ハラスメントはやめようね』とか『セクハラは禁止ですよ』といったことを、自分の口で言ってきました。ただ、僕も専門家ではないので、それをちゃんと僕自身にも向けて、整理しておきたくて。もちろん、楽しい仕事場にしたいという思いは常にあるので、今回ハラスメントトレーニングを最初にしておくべきだと考えました」。


白石監督は、講習の終了後「短い時間でしたが、いろいろ勉強になったことがありました。人間だから感情的になるのは仕方がないけど、リカバリーする意識が重要だってこともわかりました」と感想を述べた。

「いまだに僕の助監督さんから、ほかの現場で、とある監督が怒鳴りながらやっていたとか、1人の役者だけをほぼいじめながら現場を進めていたという話を聞くんです。だから、誰かが声を出して『こういうことはもうやめよう』と宣言することが重要だと思いました。また、マスコミの方にも入ってもらい、『日本映画界も変わろうとしている』ということをニュースにしてほしいともお願いしました。それを、たぶんインモラルな映画のほうに分類されるであろう『孤狼の血II』の撮影前にやることも、重要だったのではないかと」。

『孤狼の血II』で、白石和彌監督のリクエストによりリスペクト・トレーニングが開催
『孤狼の血II』で、白石和彌監督のリクエストによりリスペクト・トレーニングが開催

ちなみに、白石監督もかつての助監督時代には、いろいろなことを経験してきたという。
「やはり、現場では監督が黒いカラスを『白だ』と言ったら『はい、白です』と言わなきゃいけない世界だと思っていたんです。でも、やはり違うことは『違うんだ』と声を挙げなければいけないんだなと痛感しました」。

女性に対するセクハラについては、講習の事例を引き合いにしつつ「例えば、なにげなく胸のサイズを聞くとか、飲んでいる席での他愛もない会話に思えても、言われた相手にとっては、大きな心の傷になることもあるはず。そういうことを認識しないといけない。また、チームとして、人と人としての関係性でなんとかしていけるということで、今回は力をもらえました」と講習の収穫について述べた。

また、映画作りというクリエイティブな作業において、自由に意見を出し合うことは大切だが、上がってきた脚本に対して「おもしろくない」とクレームをつけることは、パワハラに相当するのか?といった疑問も挙げられた。

白石監督は「僕たちは脚本家と向き合う時間が長いので、実にセンシティブな問題です」としたうえで「書く苦しみが相手にあるということを知っているかどうかが大事。だから、最初の打ち合わせの時に、まずは『書いてくれてありがとうございます』ということを必ず伝えます」と、感謝の気持ちを忘れてはいけないと言う。

「そのうえで脚本をつまらないと思っても、100%ダメかというとそうではなく、絶対にいいところもありますから。『ここはすごく良かったです。でも、ここは納得がいってないので、違う方法はないですか?』というような言い方をします。ただ、議論が白熱して、平行線になったときは、『いやいや、端的に言うとつまんないんだよ』と言ってしまうこともありますが、それはすでに関係性ができている場合のみで、ある程度は話し合ったアイディアのなかで、いい部分とダメな部分を話すようにと、気をつけてはいます」。

マスコミ陣もオンラインで参加した
マスコミ陣もオンラインで参加した

さらに「難しいですね。先人たちの話をきくと、打ち合わせしたあと、ゴールデン街で殴り合ってなんぼ、みたいなのが映画界のイメージなので」と苦笑いしつつ「でも、負の連鎖というか、彼らもそういうことを上司にやられてきた人たちなので、そこを断ち切りたい。いまはもうそういう時代ではないですし、日本だけじゃなく、世界がそういう流れになっているので、タイミングはいまだなと」と述懐。

今後の課題については「クランクインの前日は忙しいのが当然ですから、今回、仕事で参加できないスタッフもいますが、できればみなさんに受けてほしいと思ったのと、僕たちは聴いたことをいかに浸透させていくかが大事なのかなと。みんなが講習を受けて良かったと思っても、実践していかないと意味がないので。今回は、ホットラインも作ってもらったので、そのなかで出てきた課題もちゃんと対処していかないといけない。実際にいま、若い人たちが映画界にいなくなってきています。それは映画界にとっては大きな危機で、働きやすい環境を作っていくのが僕たちの重要な役割。僕は、なんとかいい業界に変えていきたいという思いが強いです」と真摯な表情で締めくくった。

取材・文/山崎伸子


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