「地獄からの使者、スパイダーマン!」マーベル公式が描く、43年目の“東映版”ドキュメンタリーとは
2011年のドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』で、銀座のすきやばし二郎を世界一の寿司店として世に知らしめたデヴィッド・ゲルブ監督。Netflixで配信されている「シェフのテーブル」(15)や「ストリート・グルメを求めて」(19)などのシリーズで食文化に対する造詣が深いことを証明した彼の新しいプロジェクトは、マーベル・コミックスの創作の極意をひも解くドキュメンタリー・シリーズ「マーベル616」(ディズニープラスで配信中)だ。
幼少期より度々来日経験があるなど日本に所縁のあるゲルブ監督は本シリーズの第6話、1970年代に放送された東映版「スパイダーマン」に肉薄するエピソード「日本版スパイダーマン」の監督を務め、全8話から成るシリーズ全体の製作総指揮としても名を連ねている。MOVIE WALKER PRESSでは、ゲルブ監督にオンライン・インタビューを敢行し、日本文化との意外なかかわりや、東映版「スパイダーマン」を取り上げた狙いについて尋ねた。
「僕が好きなものばかりを集めた、運命のような企画だ」
――このドキュメンタリー企画は、どのように始動したのですか?
「元々のアイデアはマーベル・コミックスから来たんだ。僕らはドキュメンタリーの制作会社を経営していて、Netflixの『シェフのテーブル』のような番組をつくってきた。最初の企画会議で出たアイデアに東映版『スパイダーマン』についてのものがあって、『やりたい!』って真っ先に手を挙げたよ。子供の頃から、日本のオタクが通うような店で東映版のフィギュアを目にしていたからね。スパイダーマンはマーベルのキャラクターの中でもっとも好きなキャラクターだったから、僕が好きなものばかりを集めた夢のような企画だった」
――あなたの日本の食文化への興味は世界中の知るところとなっていますが、スーパーヒーローについても詳しいのは少し意外でした。
「初めて日本に行ったのは2歳の時で、(NYメトロポリタン・オペラの代表を務める)父が日本に出張に行く時に一緒に連れて行ってくれた。4歳、9歳の時にも一緒に行ったよ。父だけが出張に行った時も、日本のおもちゃやアニメのVHSとか色々なお土産を買ってきてくれて、それらに夢中になっていた。9歳の時にアニメの『AKIRA』を観て、さらに日本に興味をもつようになったんだ。
こうして大人になってから、日本文化を世界に広めるお手伝いができるのは本当に光栄だ。そして、東映版『スパイダーマン』のような、知る人ぞ知る番組を世界に発信することができた。とてもクールなスパイダーマンを世界に見せることができるので、とても興奮しているよ」
1978年に東映が実写化した「スパイダーマン」は、JAC(ジャパン・アクション・クラブ)の上質なスタントによる生身のアクションや、巨大変型ロボット“レオパルドン”の登場が話題となった作品であるが、権利問題や、その後製作された実写映画シリーズとの差異もあり、放送終了後は、長らく公に触れられる機会も少なかった、いわば“幻の作品”となっていた。
しかし近年では、マーベル公式のコンテンツにレオパルドンが登場したり、マーベル・コミックスの伝説的編集長であるスタン・リーが、作品に好意的なコメントを寄せたりと、再評価の機運が高まっていた。
――特撮ヒーローものとしてつくられた東映版「スパイダーマン」の、どんなところに惹かれましたか?
「いちばんおもしろかったのは、画面に映っているものが全て本物だったこと。ロボットを操作している人がいたり、スタントを使わずに実際に東京タワーに登っていたりね。映像クリエイターとしては『うわあ、そんなことが許されていたのか!』と驚いたけど、当時はCGなどの技術もなかった時代だから、それしか方法がなかった。生身の人間がやっているからスタントがリアルで、格闘技や武術のようなスタイルに見えるんだよ」
――東映版「スパイダーマン」の制作に携わったスタッフ、キャストの方々のお話も印象的でした。
「僕が本当に心を動かされたのは、話を聞いたクリエイターたちがどれだけ幸せに仕事をしていたかを語り、そしてようやく世界の人々に自分たちの作品を公開できることに感激している様子だったこと。(東映版「スパイダーマン」の主人公)山城拓也役を演じた東堂新二さんは、役者人生のなかで大切にしてきた思い出について語りながら、とても感傷的になっているのが伝わってきて、撮影している僕らも感動したよ」
――当時、マーベルの日本の代理人が東映と交わしたのは、双方のキャラクターを自由に使用できるという柔軟な契約でした。
「スタン・リーは、日本という特殊な市場ではローカライズが突破口になると考えていた。現在のグローバリゼーション全盛以前の話だ。いま、マーベルがなにかをつくるなら、世界で統一されたブランディングになるだろう。
契約のおかげで東映版『スパイダーマン』ができたように、マーベルは東映のキャラクターを使い、トランスフォーマーのアニメーションをつくった。その謎を解き明かして、僕らが当たり前のように知っているものがどんなものに影響を受けて生まれたのかを解き明かすのはとてもクールだった。オプティマスプライム(日本名はコンボイ)はマーベルがいなかったら存在しなかったかもしれないし、こういう運命の巡り合わせは本当にゾクゾクするよね」
取材・文/平井伊都子