『サイダーのように言葉が湧き上がる』イシグロ監督、アニメ作りで大事なこととは?業界志望者の質問に回答
劇場オリジナルアニメーション『サイダーのように言葉が湧き上がる』(7月22日公開)のMOVIE WALKER PRESS限定試写会が7月9日に神楽座で開催され、イシグロキョウヘイ監督が登壇。アニメ業界従事者&志望者限定の試写会とあって、アニメ業界を志す学生や観客からの質問に真摯に応じた。作品に込めた思いを明かすと共に、「アニメ作りで大事なのは、人とのコミュニケーション」とメッセージを送った。
本作はテレビアニメ「四月は君の嘘」のイシグロキョウヘイ監督が、人付き合いが苦手な俳句少年と、コンプレックスを隠すマスク少女が、言葉と音楽で距離を縮めていく姿を描く青春ストーリー。主人公のチェリー役を八代目・市川染五郎、ヒロインのスマイル役を杉咲花が演じた。この日のMCは、アニメ評論家の藤津亮太が務めた。
オリジナルもので監督を勤めることは、「喜びも苦しみも倍どころではなかった」と振り返ったイシグロ監督。「今回、オリジナルを作らせてもらえるというラッキーな機会をいただきましたが、“よりどころがない”ということが、一番大変でした」と苦労も多かった様子で、「監督は、すべての柱にならないといけないと実感しました」としみじみ。スタッフとのやり取りの重要性も噛み締めたといい、「アニメ作りで大事なのは、人とのコミュニケーション。ちゃんと言葉や行動で、意図を伝える。それが伴わないと、(スタッフに)信頼されない。厳しいことを言ってもついてきてくれるような説得力が、監督には必要だと思った」と実感を込めていた。
会場にはアニメ業界従事者&志望者が集い、「これからアニメ業界を目指す人は、不安なこともあると思う。気軽になんでも聞いてください!」というイシグロ監督が観客からの質問に回答した。
まず「背景美術のスタイルが独特。どうしてこのような絵にしたんですか?」と聞かれたイシグロ監督。「アニメがアニメである理由って、僕は絵にあると思っている」と切りだし、「最近は、テクノロジーが追いついてきたので、ハイディテールな作品が多いですよね。写実的にすることが可能になったからこそ、ディテールの多いものが隆盛を極めている時代」とコメント。「それはわかるんですが、現実を絵に置き換えるからこそ、描きたいものや伝えたいものが、純度の高い状態で伝わるというのが、アニメであることの本質だと思っている。そういった考えから、ディテールではなくて、シルエットの方が本質を表せると思った」と説明した。
さらに本作を手掛け始めたころから、自身のなかで80年代のシティポップブームがあったそうで、鈴木英人やわたせせいぞう、永井博らからの影響もあるという。「洗練されていて、シルエットで絵を捉えている。こういったものを採用してみようと思い、ここに行き着きました」と語っていた。
映像翻訳家を目指して勉強をしているという観客からは、「なぜ俳句を取り入れたのか」という質問が上がった。イシグロ監督は「もともとの予定では、群像劇だった」とにっこり。“オリジナルで音楽ものを作る”ということがスタート地点だったことも明かし「音楽を大切に扱えば、それは音楽ものになる」という持論を語りつつ、「俳句も音楽ネタ。いとうせいこうさんと俳人の金子兜太さんの対談をつづった『他流試合――俳句入門真剣勝負!』という本を読んだ時に、『俳句って、ヒップホップだな』と感じられた。それならば音楽ネタとして、俳句を使ってもいい」という考えにいたったと話す。
さらに「群像劇ならば、それぞれのキャラクターを立たせることが必要。そう考えた時に、俳句をやっていて、ヘッドホンで外界を遮断するキャラクターや、出っ歯で矯正していて、マスクをしている女の子など、特徴を植え付けていくことになった」とも。「群像劇の名残が、作品の特徴になっていった。これも怪我の功名。路線変更をした時に、もともと目指していたものの“残り香”が作品の顔になったりすることもよくある」と笑顔を見せていた。
またイシグロ監督が「コロナ禍で、世の中どうなるか不安もあると思う」と呼びかけるひと幕も。「でも自主制作は巣ごもり状態でもできる。アニメ業界は、パンデミックに強い業界なんだなとも感じている。もともとテレワークでやっている人たちも多い。僕も半年以上は、家で仕事をして、それで成り立っています」と告白。「ただテレワークが続くと、人との関わりがなくなっていく。オンラインだけのつながりだと、関係性を築くのが難しい。人脈を作るうえでは、状況が許せば、対面で関係を築くことを意識したほうがいいのかなと思います」とメッセージを送っていた。
取材・文/成田 おり枝