『シャン・チー』主演に抜擢されたシム・リウが明かす、アジア人ヒーロー像の“アップデート”
「いまでもはっきりと覚えています。それは午後6時半のことで、僕は昼寝からちょうど起きたところ。下着姿でエビ煎餅を食べていました。すると見知らぬ番号から電話がかかってきた。僕はなにかを感じ取って、ドキドキしながら電話に出ました。ケヴィン・ファイギからで、彼はこう言ったのです。『4日後にコミコンに行ってもらいたい。そこで僕らはあなたのことをシャン・チー役として世界に向けて紹介します』。その瞬間、僕の人生は劇的に変わりました」。
「アベンジャーズ」シリーズをはじめ、世界記録を次々と塗り替えるスーパーヒーロー映画を世に送りだしてきたマーベル・スタジオ。『ブラック・ウィドウ』(21)につづくマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の劇場用作品となる『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(公開中)で、主人公のシャン・チー役に抜擢されたシム・リウは、名だたる俳優たちが顔を揃えるMCUの一員に加わった瞬間を回想する。
「僕はアジア人がスーパーヒーローの衣装を身につけることが、いかに珍しいかわかっていました。アジア人として初めてMCUで主役を張るスーパーヒーローになって、とても名誉なことだと感じています」と喜びを爆発させるリウは、中国で生まれカナダで育ち、現在32歳になる。ギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』(13)にエキストラ出演したことを皮切りに俳優としてのキャリアをスタートさせ、カナダのテレビシリーズを中心に様々な作品に出演。地道にキャリアを積み上げ、本作に大抜擢されたのだ。
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』の舞台はアメリカのサンフランシスコ。ホテルの駐車係として平凡な人生を送っていたシャン・チーは、幼い頃に父が率いる犯罪組織で厳しい修行の日々を繰り返し“最強の後継者”に仕立て上げられた過去があった。しかし優しすぎる性格から、自ら戦うことを禁じ、過去の自分と決別していたシャン・チー。ある時彼は、伝説の腕輪<テン・リングス>の力を操って世界を脅かそうとする父の陰謀に巻き込まれてしまい、自らの宿命に立ち向かい封印してきた力を解き放つこととなる。
俳優として初めての大役に挑むにあたり、リウはシャン・チーというキャラクターを理解するためにまず原作コミックを読んだと明かす。しかしメガホンをとったデスティン・ダニエル・クレットン監督から、すぐさま「僕らはシャン・チーを新しいキャラクターにしたい」と言われたのだという。
「たしかに1970年代のコミックブックには、現代社会の規範には当てはまらないものがあります。白人社会のなかで描かれているので、本物のアジア人やアジア・アメリカンの体験が理解されていない。それにコミックのなかのシャン・チーは人間味も少なく、奥行きをまったく感じませんでした」と吐露。そして「僕たちはこの約50年前に生まれた時代遅れとも言えるキャラクターを、2021年に合わせた新しいキャラクターへとアップデートすることができました」と自信をのぞかせる。その大きな役割を果たしたのは“家族”をテーマに据えたまったく新しいストーリーであったようだ。
「僕はこのシャン・チーというキャラクターから、『あなた自身のすべてを受け入れないといけない』という教訓を得ました。自分は人間で、力があるけど弱さもある。不安もあって心のなかははっきりわからないことだらけ。でもそのすべてが本当の自分を形成しているのだと。時々僕らは自分の弱さを受け入れるのを嫌がる時がある。でもそういった欠点はとても大切なもので、それが本当の自分を作っているのです」。
そしてリウは、今後MCUの一員としてすでにスクリーンに登場してきたほかのスーパーヒーローたち全員と共演したいという展望を語る。「以前同じような質問をされた時、僕はスパイダーマンの名前を挙げました。でもすべてのヒーローに独自のユーモアのセンスがあり、独自の相性がある。いつかシャン・チーが彼らとやり取りする姿を見ることがとても楽しみです。きっとうまくやれると思っていますし、とても楽しいものになることでしょう」。
ドラマ性と現代性の両方を兼ね備えた新ヒーロー“シャン・チー”が、今後のMCUを盛り上げてくれることに大いに期待したい。
文/久保田 和馬