こんなお洒落な幽霊、見たことない!?『ブライズ・スピリット』の優美なファッションやインテリア
演劇界の巨匠ノエル・カワードによるイギリス生まれの名作戯曲「陽気な幽霊」を映画化したコメディ『ブライズ・スピリット 夫をシェアしたくはありません!』が現在上映中だ。海外TVドラマシリーズ「ダウントン・アビー」を手掛けたエドワード・ホールが監督を、同シリーズの出演でブレイクし、『美女と野獣』(17)で野獣を演じたダン・スティーヴンスが主演を務める。貴族が優雅に暮らす英国の1930年代が舞台となる今作には、目にも嬉しいアンティークなインテリアやレトロファッションの数々が登場する。今回は、写真を交えて、劇中の美術と衣装をご紹介しよう!
本作で描かれるのは、スランプ中の人気作家チャールズ・コンドマイン(ダン・スティーブンス)と、彼の妻でハリウッドに憧れるルース(アイラ・フィッシャー)、そこに7年前に事故死した“幽霊の元妻”エルヴィラ(レスリー・マン)が加わった、奇妙で可笑しな三角関係。物語は、ネタ探し中のチャールズが、霊媒師マダム・アルカティ(ジュディ・デンチ)に頼んで元妻を呼び戻すことから始まる。実は、彼の小説はすべてエルヴィラのアイデアをタイプしたもので、新作執筆には彼女の助けが必要だったためだ。一方、蘇ったエルヴィラは、夫に後妻がいることにショックを受け、彼の愛を取り戻そうと誘惑をしかけていく。
チャールズが2人の妻と同居することになるのが、屋根も壁もすべて真っ白なコンドマイン邸だ。モダンな外観に目を奪われるこの建物は、ロケ地のジョルドウィンズにある1930年代に建てられたアール・デコ様式の邸宅だという。アール・デコといえば、直線的なラインと放射状の幾何学模様が特徴の建築様式で、マンハッタンのクライスラー・ビルがその代表格。外観だけでなく、インテリアもアール・デコのアンティーク家具を揃えており、絵画やキャビネットなどを中心に、シンメトリーに配置された壺やシェードランプが洗練された雰囲気を醸し出す。また、桃色の客間、若草色の談話室、コバルトブルーのダイニングなど、各部屋がテーマカラーで統一されているのも楽しい。
美術を担当したジョン・ポール・ケリーも、自身の仕事ぶりに満足しているよう。「(今作と同じノエル・カワード原作の)映画『逢びき』(45) のようなイギリスのスタイルではなく、近代主義的なアール・デコ住宅を舞台にすることで、ハリウッドに刺激を受けた英国的な雰囲気へとアップデートできた」。
敷地内だけでなく、チャールズとエルヴィラの元夫婦の思い出のバーも洒落ている。ここは、ロンドンの有名な老舗ホテル「サヴォイ・ホテル」のバーという設定。カウンターにカクテルが並び、黒と金のメタリックな配色が施された店内は、ムーディな雰囲気が漂う。大きな羽のような装飾品やダイヤ柄の照明が、当時の煌びやかな社交場を再現している。
一方、霊媒師マダム・アルカティが神秘的なパフォーマンスを披露する場面は、歴史ある「リッチモンド劇場」で撮影。趣のある赤レンガ作りのこの建物は、1899年のヴィクトリアン時代に建てられ、今もなお年間25万人以上の客が来場する由緒ある劇場だ。ベルベットの赤い垂れ幕や柱の豪華な彫刻など、細やかな装飾も見逃さないで欲しい。
心躍るのは、女性キャラクターたちの華やかなファッション。皆一様に1930年代に流行したパーマ&ボブのヘアスタイルで、フォーマルな場ではきちんと帽子と手袋を身に着けて登場する。コスチュームデザイナーのシャーロット・ウォルターは衣装を揃えるに苦労したと振り返る。「役者に着てもらうのに十分なコンディションを保った1930年代の服を見つけることは至難の業です。当時の生地を探すために国中を巡り、バーミンガムとウェールズで幾つか買付けました」。
さらに、シャーロットは各キャラクターの特徴を服の色で表現したと言い、「幽霊のエルヴィラの色は、黒とクリーム色、そして赤にしました。彼女を他の人たちとは全く対照的に見せたかったので」と解説。たしかに、真っ赤なハットや黒いタイトドレスなど、まるでエルヴィラの情熱と嫉妬を表したような、エッジの効いたスタイルがその存在感を際立たせている。また、知的で先端的な彼女が、リボンタイのブラウスやスタイリッシュなセーラーパンツ、ジャポニズム風の和傘などを軽やかに取り入れた着こなしは、どれもコケティッシュでエレガント!
「1930年代の言い回しや時代背景、衣装がとても好き!」と今作の出演を喜ぶアイラ・フィッシャーの演じる2番目の妻ルースは、ピンクや茶色など柔らかな色合いのドレスが多い。ゆったりしたシルクのガウンや、レースやフレアのついたロマンチックなドレスなど、グラマラスな魅力が強調された、まさに“有閑マダム”の装いだ。また、霊媒師マダム・アルカティは、当時の人気女優マレーネ・ディートリヒのような弓型の細い眉に、インド刺繍や羽飾りが施されたステージ衣装でバッチリ決めている。花や植物の柄×柄で重ね着したスタイルもキュート。
インテリアやファッションだけでなく、庭園で開かれるパーティー、白いスコートで楽しむテニスに、ボート遊びやタンデム自転車でのツーリングなど、次々と登場する1930年代のハイソサエティーたちが興じる娯楽にもワクワクさせられる。今作を観て、憧れの時代にどっぷり浸ってみては?
文/水越小夜子