俳優生活30年。ソル・ギョングが明かす『キングメーカー 大統領を作った男』“名演説シーン”の裏側から演技への原動力まで

インタビュー

俳優生活30年。ソル・ギョングが明かす『キングメーカー 大統領を作った男』“名演説シーン”の裏側から演技への原動力まで

韓国大統領選挙の裏に隠された政治家とその参謀の姿を、2人の男の野心と葛藤にスポットを当てて活写した『キングメーカー 大統領を作った男』(8月12日公開)は、韓国の政治映画というこれまで数多くの傑作を生みだしてきたジャンルのなかでも、ひときわ異彩を放つ。波乱の政治人生を送った金大中(キム・デジュン)元大統領と、彼の側近であった厳昌録(オム・チャンノク)の実話に基づくリアリティに加え、事実の再現にとどまらないフィクションとしてのおもしろ味がドラマチックにちりばめられ、観る者のエモーションをかき立てる。

 大統領を目指す政治家とその選挙参謀をエモーショナルかつドラマティックに描く『キングメーカー 大統領を作った男』
大統領を目指す政治家とその選挙参謀をエモーショナルかつドラマティックに描く『キングメーカー 大統領を作った男』[c]2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

今回、言わずと知れた韓国を代表する俳優であり、主演を務めるソル・ギョングへインタビューする機会に恵まれた。金大中元大統領をモチーフにしたキム・ウンボム役を演じ、今年の百想芸術大賞映画部門で主演男優賞を獲得。その栄光については「とてもありがたいことですね(笑)」と控えめに答えたが、質問が作品についておよぶと、自身の役のことや映画を共に作り上げた仲間への想い、そして“俳優とはなにか”について、実に熱く語ってくれた。

「演説シーンは、いま考えても冷や汗が出る」

本作のストーリーが奥行きを持つためには、ソル・ギョングがどうキム・ウンボムという人物にアプローチするかにかかっていた。鍵となったのは、キム・ウンボムの登場するシーンでほぼ不可欠であった演説だった。

プレッシャーに苛まれながらも完璧に演じきった演説シーンは必見
プレッシャーに苛まれながらも完璧に演じきった演説シーンは必見[c]2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

「演説について研究したというよりも、演説シーンをどう表現するかということが私のストレスにもなりました。演説ができなければ、本作のキム・ウンボムという役柄も崩れてしまうからです。金大中元大統領は演説がとてもうまく、原稿などがなくても多くの人々の前に立って熱く語り、リーダーシップを発揮して皆の気持ちを呼び起こす雄弁さのある人でした。だからキム・ウンボムを演じるにおいて、皆を引き込む演説ができることが非常に大きな要素でした。いまでも、考えると冷や汗が出ますね」。

そうして表現された演説は、身振り手振りはもちろん、一語一語にまで神経の行き届いた芸術品となった。議会の少数派であるキム・ウンボムがわざと議事進行を遅らせるため5時間の熱弁をふるうシーンは、早回しの演出になっているため実際の声は聞こえない。しかし、ソル・ギョングは該当シーンの台本をすべて暗記してきたのだという。どの演説も、決して偉人の物真似などではない。ソル・ギョングという役者が、スクリーンの向こうにいる我々の心に一人の人間として語りかける生身の力強さを持っている。

「カメラの前に立ち、お互いの演技でぶつかるのが俳優」

厳昌録をモデルに、キム・ウンボムにほれ込み共闘していくソ・チャンデを演じたのは、初共演となるイ・ソンギュン。『パラサイト 半地下の家族』(19)の上品さと冷淡さを併せ持つ富裕層一家の父親や、「マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん」の温かみある中年男性など、多彩にキャラクターを演じ分ける俳優だ。ソル・ギョングも「ほかの表現をする必要が無いくらい、すばらしい俳優」と称賛する。そのうえで、撮影現場ではお互いの役について意見を交わすことはなかったという。

共に闘う仲間として信頼し合っていたウンボムとチャンデだったが、決定的な信念の違いがある事件を生む
共に闘う仲間として信頼し合っていたウンボムとチャンデだったが、決定的な信念の違いがある事件を生む[c]2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

「現場で俳優同士が役について話すことは、少なくとも私の場合はほとんどありません。どう演じるかについては、俳優それぞれが監督と話をすればいいというタイプなんです。いくら後輩俳優だといっても、相手の役にあれこれ口を出すのは、下手すると無礼なことになるのではないかなと思うんですよね。俳優はあくまで、カメラの前に立った時にお互いの演技でぶつかるものです。この映画では、ソ・チャンデという人物が物語を引っ張っていかなくてはいけないということもあり、イ・ソンギュンさんは監督と本当によく話をされていました」。

 「光が強くなれば、影もまた濃くなるもの。それでも先生には輝いていてほしい」と願うソ・チャンデの葛藤が切ない
「光が強くなれば、影もまた濃くなるもの。それでも先生には輝いていてほしい」と願うソ・チャンデの葛藤が切ない[c]2021 MegaboxJoongAng PLUS M & SEE AT FILM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.


俳優同士の“真剣勝負”は、キム・ウンボムとソ・チャンデによる関係性と相まって、映画に濃密な感情のドラマをもたらした。政治家として確固たる理想を持つキム・ウンボムと、彼を大物にするためなら汚い手口も使うソ・チャンデとは、目的は同じでも信念に決定的な隔たりがある。それはある時、運命づけられたようにして2人に降りかかり、決別の時が訪れる。「あの場面については、私も監督もイ・ソンギュンさんも本当に気を遣いました。そして、映画が完成したあと、監督がとても気に入ってくれたシーンでもあります」と、ソル・ギョングはふり返る。

「具体的なことは言えませんが、政治家として大きな選挙戦を前にして、キム・ウンボムはどうしてもああせざるを得なかった。痛みもあったはずです。ただ悲しいというだけの感情ではなく、非常に複雑な気持ちで演技をしました。きっとイ・ソンギュンさんも同じだと思います。チャンデはチャンデで、自分の心の中にあった気持ちを吐きだすシーンです。やはり単純な感情ではなく、複雑な想いで演じていただろうなと思いますね」。

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