伝説の登山家・山野井泰史、『人生クライマー』公開に笑顔!武石監督は「山野井さんの姿を観て、”燃えるための酸素”持って帰ってほしい」
世界的アルパインクライマーの山野井泰史の足跡をたどるドキュメンタリー映画『人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版』(公開中)の公開記念舞台挨拶が11月26日に東京・角川シネマ有楽町にて開催され、山野井と武石浩明監督が登壇した。
山野井と出会ってから約30年の時を経て完成させた映画とあって、監督は「感無量のひと言ですが、寂しさも感じます」とぽつり。一方の山野井は「主人公の山野井です」と笑顔を見せると「気づいたら映画になって、いまこの壇上にいます」と至ってマイペースだ。
本作は、世界の巨壁に“単独・無酸素・未踏ルート”で挑み続けた山野井泰史の足跡を、貴重な未公開ソロ登攀映像や、生涯のパートナーである妻の妙子への取材、関係者の証言などと共に振り返ったドキュメンタリー映画。“完全版”と題され、「TBSドキュメンタリー映画祭2022」で上映されたバージョンに9分間の新規映像が追加されている。
「なにか足りないという想いがあった。ソロクライマーとしての山野井さんをどう描くかを付け加えました」と語る武石監督だが、山野井からのオーダーは、「ブダイを釣り上げるシーンを入れてほしい」とまさかの“釣り”のシーンだったそう。山野井が「あの釣りのシーン、実はリールを巻いてないんですよね。ベアリングが調子悪くなって巻けない、安くてボロボロのリールなんです」と語ると、会場も笑いに包まれる。
本作のきっかけは1996年、世界最難関の巨壁と呼ばれるヒマラヤ・マカルー西壁に単独登頂を目指した山野井への、密着取材だった。「その時は、失敗に終わりました。もやもやした気持ちを引きずっていて。25年経って、山野井さんに声をかけました」と監督。本作の制作と前後して、山野井は2021年に登山界最高の栄誉と言われる「ピオレドール生涯功労賞」をアジア人として初めて受賞した。「タイミングは、本当にたまたま。“いま山野井さんを再評価したい”と思った人が世界にもいたと思うとうれしい」と笑顔を見せる。
山野井は「(ピオレドール受賞が決まって)『これでエンディングが決まりましたね』と武石さんに言われた時に、『絶対嫌だ!』と言いました(笑)。でも、また取材を受けたのは、久しぶりに武石さんに会ってもいいかなって思っていた時期と、タイミングが合ったのかな」と語る。監督が「山野井さん、気分が乗らないと本当に気分が乗らないから…(笑)」と、長年の信頼関係を見せる。
世界中のクライマーから憧れの存在だが、山野井自身は映画を観て「この程度のクライマーにしかなれなかったな、とも感じた。口ではうまく言えないんですが、もう少し理想のクライマーになれたんじゃないかと。過去形なんですけれど。ちょっと寂しい想いもあります」とどこまでもストイック。
また、今後の目標として掲げていたイタリア・オルコ渓谷のルーフクラックに、10月に挑戦したことも明かした。「結果は、登れませんでした。半年間、特化したトレーニングだけを延々やった。雪山に行くのも一切やめて、減量もして行ったけど、最初のトライで『ああ、3年前とは肉体が違うな』という感覚を覚えた」そう。「でも、こういう肉体の下降線は何年も前から経験しているんで。“次はなにで遊ぼうかな”と思っているところです」とニッコリ。
武石監督は「頭を切り替えられるところも山野井さんのすごさ」と語り、「もちろんすごいクライマーなんだけど、決してきれいな登山歴じゃない。失敗しても、もう一回挑む。叶わなかったら次の挑戦をするところが魅力なんです」。
最後に山野井は「僕が主人公の映画なので、皆さん1か月くらいは僕の名前を覚えていてくれるかもしれない。でも、劇中に出てくるクライマーには何人か亡くなられた方もいて。出来たらそういう方々も、一週間ぐらいは(名前を覚えてほしい)。僕と同じように情熱を山に懸けていた人がいるんだ、と感じてくれたら」と想いを明かす。監督が「この映画を観た人から『燃えるための酸素をもらいました』という言葉をもらったんですが、まさにそういう映画だと思う。山野井さんの姿を観て、”燃えるための酸素”を持ち帰って欲しい」と語ると、会場からは大きな拍手が送られた。
本作は国内を、世界を震わせるドキュメンタリー映画作品を展開していくためにTBSが設立した新ブランド「TBS DOCS」にラインナップ作品。ニュースには「続き」がある、をキャッチコピーに、テレビでは伝えきれない真実や声なき心の声を、記者たちの熱い想いと共にドキュメンタリー映画として世の中に発信していく。
取材・文/ 編集部