離島に幽閉された男たちの”破局”。『イニシェリン島の精霊』監督が、トキシック・マスキュリニティの本質を探る

インタビュー

離島に幽閉された男たちの”破局”。『イニシェリン島の精霊』監督が、トキシック・マスキュリニティの本質を探る

イニシェリン島の精霊』(公開中)は、昨年9月の第79回ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映が行われて以来、映画ファンや業界関係者の間で話題の作品となっていた。その理由は、『スリー・ビルボード』(17)以来のマーティン・マクドナー監督・脚本の最新作であり、『ヒットマンズ・レクイエム』(08)以来14年ぶりとなったコリン・ファレルブレンダン・グリーソンの共演が、熟成期間を経てすばらしいケミストリーを生み出しているからだ。ヴェネチア国際映画祭で脚本賞と男優賞を受賞し、先日発表になった第95回アカデミー賞では、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞(コリン・ファレル)、助演男優賞(ブレンダン・グリーソン、バリー・コーガン)、助演女優賞(ケリー・コンドン)など8部門9ノミネートを記録した。今作の主要俳優がすべてノミネートされているところに、演劇界出身のマーティン・マクドナーが現在の映画業界において最高峰の監督・脚本家であることが証明されている。

14年ぶりに意気投合した親友のマクドナー、ファレル、グリーソン「ようやくここに辿り着いた」

【写真を見る】第95回アカデミー賞で8部門9ノミネートされている『イニシェリン島の精霊』マーティン・マクドナー監督にインタビュー!
【写真を見る】第95回アカデミー賞で8部門9ノミネートされている『イニシェリン島の精霊』マーティン・マクドナー監督にインタビュー![c]2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

マーティン・マクドナーは、今作はコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの再共演を実現させるために動き出したプロジェクトだと語る。『ヒットマンズ・レクイエム』以来、ファレル、グリーソン、マクドナーの3人は友情を築き、同じことを繰り返すのではなく、3人で新しい旅路に出たいと願っていたのだそうだ。「とてもすばらしい時間を過ごした、『ヒットマンズ・レクイエム』の2人とまた一緒に映画を作りたかったんです。結局14年もかかってしまったけれど、ようやくここに辿り着くことができました。2人の男のシンプルで悲しい別れについて描いてみたいというのが最初のアイデアでした。その最初のアイデア通り、どれだけ酷い物語を展開できるかに腐心しました」と語るこの部分だけだとシニカルに聞こえるが、ファレルが演じたパードリックの優しさ、グリーソンが演じたコルムが内包する深い悲しみを思うと、この2人の俳優を信頼し作られた物語だということがわかる。

第95回アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされたコリン・ファレル
第95回アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされたコリン・ファレル[c]2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

演出家・脚本家から見た2人の俳優は、「愛し合う親友」のようだと言う。「コリンとブレンダンはいつも愉快で、私にはとてもよくしてくれます(笑)。そして、スクリーンで自身の弱さを見せることを厭わない俳優たちです。この映画でやろうとしたことは、2人の俳優のエゴの真実を浮かび上がらせ、そこから繊細さを引き出すことでした。観客は、片一方だけでなく、2人のキャラクターを愛するようになることでしょう」そう語るように、突然絶縁を告げられうろたえるパードリック、テコでも動かないコルムのやりとりに、観客も辛い想いを共有することになる。

完璧な風景がだんだん息苦しく感じてくる…「美しい島が、登場人物たちを追い詰めるのです」

撮影はアラン諸島最大の島である、イニシュモア島で行われた
撮影はアラン諸島最大の島である、イニシュモア島で行われた[c]2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

俳優たちに加えて、イニシェリン島の舞台となったアイルランドのアラン諸島イニシュモア島の自然も、重要なキャラクターとなっている。マクドナーは、「ロケーションは、映画のキャラクターだと信じています。『ヒットマンズ・レクイエム』(原題は『In Bruges』)でも、ベルギーのブルージュは明らかに物語の中心となりました。この作品に、アイルランド西海岸の美しさを封じ込めたいと考えました。この美しい島が、登場人物たちを追い詰めるのです。この物語は、美しい島から離れることができない二人の男の破局を描いたものです。離島に閉じ込められた登場人物たちの閉所恐怖症を表すために、美しいロケーションは必要不可欠でした」と、美しいイニシュモア島が映画や主人公たちにもたらす影響を強調する。

マクドナーは、演出家・脚本家から見たファレルとグリーソンを「愛し合う親友」のようだと言う
マクドナーは、演出家・脚本家から見たファレルとグリーソンを「愛し合う親友」のようだと言う[c]2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.


映画の舞台となっている1923年は、アイルランドで内戦が勃発していた時期。この時代設定は、パードリックとコルムの関係を考えるうえでも重要な要素となる。「アイルランド内戦は、とても大きな意味を持ちます」とマクドナーは言い、こう続ける。「2人の男が仲違いするだけの物語を描くこともできましたが、内戦が市民に及ぼす心理的影響によって、単純な諍いが悪い方に悪い方に転がり、やがて取り返しのつかない状況に陥るのです。内戦の影は、この物語の中心だと言ってもいいと思います」

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