「岩井作品に“松村北斗”はいらない」岩井俊二監督と松村北斗が語り合う、『キリエのうた』の舞台裏
「岩井作品に“松村北斗”はいらないだろう、という気持ちがあった」(松村)
――岩井監督の作品がお好きだと伺っていますが、大好きな岩井ワールドのなかに入った感想はいかがでしたか?
松村「岩井作品に“松村北斗”はいらないだろうっていう気持ちは、正直撮影中にもあって。監督の作品、その世界観が大好きだからこそ、僕よりもっと上手に夏彦を演じられる人がいると思っていました。完成した映像を観る直前も『松村北斗、(岩井作品に)入れるの?』という考えは消えなくて。僕のように感じる岩井作品ファンはたくさんいるだろうなって。でも、完成版を観た時に思ったのは、夏彦役は誰でもよかったということ。誤解して伝わってほしくないのですが、岩井さんが撮れば、自分が危惧していたような、タレント的な見え方にはならないってことなんです。『そんなところが切り取られるのか』と驚くことも多くて、完成版を観て安心しました」
――不安があったとは思えないくらい、松村さんは夏彦そのものでした。わからないところは岩井監督に相談したとのことですが、具体的にはどのようなやりとりだったのでしょうか。
松村「自分の理解では埋まらないと感じたところ、ちょっとしたセリフの言い方とかですね。もちろん自分でこれだと思ったものをやったところもたくさんありましたが、迷った時には岩井さんがすごく繊細なところまでわかるように説明してくださいました」
岩井「脚本を書いているのは僕なんだけど、夏彦に対して自分のなかにも正確な答えを持っているわけではなくて。松村くんの芝居を見て、夏彦はこうやって喋るんだ、こんな表情をするんだと感じることもありました。こちらも手探りでやっているところはあったし、松村くんという身体性のなかで実感できたこともあって、やっていてすごくおもしろかったし対話なきところでセッションしている感覚でした」
――岩井監督は、アイナ・ジ・エンドさんを見た瞬間に「この子しかいない!」と感じたとのことでしたが、直感でキャスティングしたという松村さんとの相性はいかがでしたか?
岩井「2人のシーンが美しければ美しいほど悲しい物語になっていく作品ですが、前半は特にラブリーな感じで撮っていた気がします。2人ともとても自然で、微笑ましく見ていました。撮影中以外の会話からもお互いに敬意を持っているのを感じましたし、そんなやりとりが功を奏してか、いいアドリブも多かったですね」
――アイナさんは、ロケ地の石巻市で行われた試写会イベントで松村さんのことを「すごくピュアな方」とおっしゃっていました。松村さんから見たアイナさんの印象は?
松村「自然体に見えるけれど、ものすごく神経が鋭い方。お芝居をしながらも、風が吹いたことやどこで音がなったかを全部わかっている。一点に集中しても、まだどこか神経が残っている感じ。ありえない本数の神経が皮膚のギリギリまできているような人、という印象です。キリエにリードされる夏彦のように、僕自身もアイナさんから、特に感覚的な部分で気づかされることが多かったです」
「アイナさんも松村さんも、音楽活動で培った身体能力がプラスのエネルギーになっていた」(岩井)
――小林武史さんとのタッグで作り上げた音楽映画。本作での音楽の存在は特別なものだと思います。演出するうえで、こだわったことを教えてください。
岩井「アイナさんも松村さんも、歌も踊りもやられる方たちなので、その身体能力はプラスαのエネルギーとして、どのシーンでも役立ったんじゃないかなって思います。音楽とお芝居の境界線は、あまり感じずにやっていた印象です。普通の現場よりも音楽がたくさん入ってくるとこんなに高揚するものなのかと、僕自身もずっと高揚しながら撮影していました(笑)。何度も言っちゃうけれど、本当に楽しい現場でしたね」
――お2人が元々持っていたものが様々な影響を与えていたのですね。
岩井「ギターを操らなきゃいけないのはすごく大変だったと思います」
松村「大変でしたけれど、頑張りました(笑)」
岩井「1から練習したら程なくしてFの壁に阻まれて終わってしまうのだけど(笑)。僕も経験したことだから、そこを通過せずにどうやって音を鳴らせるのかをギタリストの羊毛さんと熱く語り合いました。指一本でも音は鳴る、そういうギターのやり方だってあるわけで、かえって抑揚が出ていいじゃんって感じで。しかもアイナさんも松村くんも耳がいいから、自分でいい音を見つけたりして自然に弾いていました。ギターひとつとってもちゃんとたどり着いてくれる、そんなところはやっぱり2人の凄さだと思いました」
取材・文/タナカシノブ