目を背けられない緊迫感…ギャスパー・ノエ監督の最新作を作家・松久淳が語る!

コラム

目を背けられない緊迫感…ギャスパー・ノエ監督の最新作を作家・松久淳が語る!

全国11チェーンの劇場で配布されるインシアターマガジン「シネコンウォーカー」。創刊時より続く、作家・松久淳の人気連載「地球は男で回ってる when a man loves a man」。今回は、人によって好みがわかれるギャスパー・ノエ監督の新作『VORTEX ヴォルテックス』(12月8日公開)を紹介します。

【写真を見る】主演は80歳にして初主演を飾るホラー映画の帝王ダリオ・アルジェントと、『ママと娼婦』(73)の娼婦役を演じたフランソワーズ・ルブラン
【写真を見る】主演は80歳にして初主演を飾るホラー映画の帝王ダリオ・アルジェントと、『ママと娼婦』(73)の娼婦役を演じたフランソワーズ・ルブラン[ⅽ] 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

過激な描写で知られる"動"の監督による"静"の群像劇

動のギャスパー・ノエ、静のミヒャエル・ハネケ。
いきなりですが、私は勝手にこの2人の監督をこう呼んでおります。共通するのは、不穏な空気、不条理な展開、神経を逆なでするような描写、直接的にも間接的にも目を背けたくなる暴力。
私は大好きですけど、時に“胸糞映画”と呼ばれることもあり、人によっては不快や不愉快のほうが上回るのもわからないではありません。
例えばギャスパー・ノエの『アレックス』は、冒頭でいきなり消火器の殴打で原形をとどめなくなるまでの顔面破壊。中盤はモニカ・ベルッチがレイプされたうえに顔も体も蹴られ続けるのを1カットで延々と。
これで「好き」と書くと私の嗜好を疑われそうですけど、疑っていただいてかまいません。

本作は2画面で展開。左の画面に夫、右の画面に妻、それぞれの角度からふたりの行動や感情を映しだす
本作は2画面で展開。左の画面に夫、右の画面に妻、それぞれの角度からふたりの行動や感情を映しだす[ⅽ] 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

さて、そんなギャスパー・ノエの待望の新作が『VORTEX ヴォルテックス』。
びっくりしたのですが、なんと今回は“静”のギャスパー・ノエ。
直接的な暴力やセックスの描写はなく、淡々と描かれるのは老夫婦の日常とその終わり。テーマとストーリーはミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』に通じるものがあります。
ただ普通ではないのは本作、左右の2画面で展開されること。
基本的には(息子や友人たちも登場しますが)夫婦ふたりの姿をそれぞれカメラで追い、一緒にいるシーンでもそれぞれの角度から映しだしていきます。

映画評論家で心臓病を患っている夫(演じるのは映画監督のダリオ・アルジェント)、元精神科医で認知症の妻。
冒頭30分は朝起きてから、ふと出かけてしまう妻と、その不在に気づいて捜そうとする夫の姿が描かれます。ほとんどなにも起きないですけど、これだけでふたりの現状が観ているほうにも迫ってきます。
認知症の妻が家の中を歩き回ったり、紙の整理をしたり、膨大な薬をずっと並べたりと、普通の映画ならなにもおもしろくないのんびりとしたシーンが、目を背けられない緊迫感を生んでいきます。
そしてそんな静けさのなかで、急にガス栓を開けてしまったり、夫の原稿をトイレに突っ込んで水を流してしまったりという“事件”が起こり、『アレックス』のような暴力とはまるで違うけど、とてつもない恐怖を感じます。

映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。そんな二人の最期とは…
映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。そんな二人の最期とは…[ⅽ] 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA


「体より先に脳が破壊されるすべての人へ」。これは本作の冒頭のクレジット。
施設に入るよう勧める子ども、しかし妻の面倒をみられると思い込んでる夫というのも『愛、アムール』と同じなのですが、これは映画だけに限らず、高齢の親を持つ人々すべてに通じる話ではないでしょうか。
私も、晩年持病がひどくなっていった父と、私ならすぐ根を上げるほどの看病を続けた母の献身ぶりを思い出しました。
そして映画はふたりそれぞれの“終わり”も容赦なく、しっかりと描いていきます。でもそれをすべて観終えたからこそ、自分の両親のこれまでとこれからを思い、そして自分自身のこれからの行く末も考えて、この映画がずしりと自分のどこかに収まるような感覚になりました。

文/松久淳


■松久淳プロフィール
作家。著作に映画化もされた「天国の本屋」シリーズ、「ラブコメ」シリーズなどがある。エッセイ「走る奴なんて馬鹿だと思ってた」(山と溪谷社)が発売中。

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