『アイアンクロー』監督が語る、過激なプロレスシーンの再現とアメリカ的な“男らしさ”の烙印「フォン・エリック家にとって“呪い”となった」
「ハイスクール・ミュージカル」シリーズのザック・エフロン主演で、プロレス界の伝説にして“呪われた一家”と呼ばれたフォン・エリック・ファミリーの衝撃的な実話を映画化した『アイアンクロー』(公開中)。本作で監督と脚本を務めたのは、カルト教団による洗脳とトラウマを描いたデビュー作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)が絶賛された、鬼才ショーン・ダーキンだ。“プロレス狂”であるダーキン監督が、本作に懸けた熱い想いを語った。
時代は1980年初頭、プロレス界に歴史を刻んだ“鉄の爪”フォン・エリック一家の父フリッツ(ホルト・マッキャラニー)は元AWA世界ヘビー級王者だ。そんな父親に育てられた次男ケビン(ザック・エフロン)、三男デビッド(ハリス・ディキンソン)、四男ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)、五男マイク(スタンリー・シモンズ)ら兄弟は、父の教えに従いレスラーとしてデビューし、“プロレス界の頂点”を目指す。ある日デビッドが、世界ヘビー級王座戦へ指名を受けた直後、日本でのプロレスツアー中に急死。その後フォン・エリック家はさらなる悲劇に見舞われていく。
「フォン・エリック家のことが、僕の頭のなかにずっと残っていました」
ダーキン監督は子どものころからプロレスに夢中で、フォン・エリック家の悲劇に衝撃を受けた一人だったそう。「僕が幼少期を過ごした1980年末~90年初頭のイギリスでは、テキサスのプロレスについて情報を得ることは容易ではありませんでした。ただ、フォン・エリック兄弟の思い出は、いまでもよく覚えています」。
1990年代の初めに、両親と食事に出かけた時に本屋でプロレス雑誌『プロレスリング・イラストレーテッド』を買ってもらったと話すダーキン監督。「その最初のぺージがケリー・フォン・エリックの死亡記事だったんです。フォン・エリック家のみんなを気の毒に思い、それが僕の頭のなかにずっと残っていました」と想いを語る。
「ザックは愛と優しさの塊のような人物」
本作は驚異的な肉体改造を行い、主人公ケビン・フォン・エリックを演じたエフロンをはじめ、『逆転のトライアングル』(22)のハリス・ディキンソンや人気ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」のジェレミー・アレン・ホワイト、『イエスタデイ』(19)のリリー・ジェームズといった人気俳優たちが名を連ねた本作。ダーキン監督は長年取り憑かれていた驚きの実話を、家族の愛情と葛藤のドラマとして再構築。プロレスにまつわる栄光と挫折を掘り下げて、植えつけられた価値観からの解放という今日的なテーマに踏み込み、胸の奥深くにまで刺さる人間ドラマに仕上げた。
主人公を次男のケビンにした理由については、「ケビンは自分の考えを上手く言葉にできない人物なのですが、それはプロレスの世界では致命的なんです。要するに、彼はマイクを持たせてはいけないレスラーでした」と述懐。
「でも、僕はそんな彼が好きだったんです。彼の裸足のスタイルも含めてね。ただ、彼を主人公に脚本を書くのは、かなり工夫が必要でした。ドキュメンタリーや古い試合映像をもとに物語を書き始めましたが、すぐにケビン本人と会ったわけではありません。自分がどんな映画にしたいのかがハッキリするまで、彼と距離を置きたかったんです。その後、撮影の準備段階に入ってから、彼に連絡を取りました。初めて会った時、彼は僕に『自分にとって一番重要なことは、僕と弟たちがお互いを愛していたという事実を、あなたに知ってもらうことです』と言いましたが、それを聞いて僕はほっとしました。そして僕自身もまさに、その通りの映画を作りたいと思っていたと、彼に伝えたんです」。
ケビン役を熱演したエフロンの印象については「僕は彼の長年のファンであり、特に彼のコメディが好きです」としたうえで、「そして実際のザックは愛と優しさの塊のような人物でした」と人間性を称える。
「会えばすぐにわかると思いますが、彼にはケビンの面影があり、2人は重なるところがたくさんあったのです。なのでケビン役を演じるにあたり、彼自身を出してほしいと思いました。そのハートや優しさ、穏やかで愛情深く、遊び心と観察力がある人間性を見せてもらいたかったんです」。
「アメリカ的な“男らしさ”という烙印を受け入れた“呪い”」
そんなケビンと対をなすのが父のフリッツだ。ダーキン監督はフリッツの「最もタフで、最も強く、最も成功し、頂点に立てば、誰もお前たちを傷つけない」というセリフを紹介しながら、フリッツ自身は「正しいことをしていると信じて行動していた」ことを説明する。「もちろん、それとは正反対のことをしていたわけですが、本人に自覚はないんです。フリッツも真剣に息子たちを愛していて、プロレスが大好きで、息子たちと一緒にいるのが楽しかったんだと思います」。
そんなフリッツを演じたホルト・マッキャラニーは、『マインドハンター』の刑事役を見てぴったりだと感じたそう。「彼はまさに天才です。言葉では語り尽くせませんが、彼はフリッツという役に入り込んでいましたね」と絶賛する。
劇中では当時のプロレスシーンを見事に再現されているが「1980年代の過激なプロレス界を反映するように演出しました」というダーキン監督。
「特にNWA全盛期はもっと乱闘が多かったので、それを描きたかったんです。本当は技が当たっていないという演出はしなかったので、そういう意味ではボクシング映画に近いかもしれない。それと、僕の作品には、過去にさかのぼって体験できなかったものにふれる、というテーマがあります。今回、僕はごく普通のプロレスファンとして、1983年の『スポルタトリアム』を体験したかったんです。スポルタトリアムというのは、ダラスにあるフォン・エリック家が運営していたWCCWのレスリング・スタジアムのことで、その熱狂を体験することが子どものころからの夢でした」。
フォン・エリック家の“呪い”については「筋肉と腕力を崇め、感情には見向きもしない。恐れを見せず、苦しみも見せないし、ただ頂点に登るだけです。目的のためならどんな手段でも使うというのが、フォン・エリック家の方針です。そして、これこそアメリカやほかの多くの国々で尊ばれてきた男性像ではないでしょうか。兄弟たちは、この価値観に打ちのめされたと言えるでしょう。アメリカ的な“男らしさ”という烙印を受け入れてしまったことが、彼らにとって“呪い”となったのです」と捉えた。
“呪われた一家”フォン・エリック・ファミリーの真実と、ケビンがたどる数奇な運命をぜひ大スクリーンで見届けていただきたい。
文/山崎伸子