大人になったら本当にヨロコビは減ってしまうの?『インサイド・ヘッド2』のテーマを心理学教授が解説
アニメーション映画史上世界No.1の歴史的快挙を達成し、日本でも話題となっている『インサイド・ヘッド2』(公開中)では、「大人になるにつれて、ヨロコビは失われてしまうのか?」という考え深いテーマが描かれている。このように感じてしまう人も少なくない理由について、上智大学総合人間科学部心理学科の樋口匡貴教授が解説してくれた。
頭のなかに広がる、感情たちの世界を描く本作。これまで、主人公のライリーを見守ってきた5つの感情、ヨロコビ、カナシミ、ビビリ、ムカムカ、イカリに加えて、新たな“大人の感情”シンパイ、イイナー、ダリィ、ハズカシが現れたことで“感情の嵐”が巻き起こり、誰にでも優しく頑張り屋だったライリーは自分らしさを失ってしまう。そんな彼女を救うため、ヨロコビたちは再び大冒険を繰り広げることに。
本作の“ピクサー史上最も優しさに包まれている“とも評されるラストに感動する人が続出しているが、特にヨロコビの台詞と共に語られる「大人になったらヨロコビは減ってしまうの?」というテーマは、世界中の大人の心に響いているようだ。このことについて樋口教授は「僕らのような大人は、子どもの時のような純粋な喜びや楽しさが感覚的に少ないと感じますよね。子どものころと大人になってからでは感情体験の質的な変化があると思います」と語る。
樋口教授はライリーがホッケーの試合をしている時の感情を例に挙げて、「チームで試合に勝った時に、思春期になる前だったらただ“自分が勝った”ということに注目するのでうれしいし、喜ぶと思います。ですが大人になればなるほど、勝ったけれど負けた人のことを考えたり、活躍しなかった人や出られなかった人がいたりすること、活躍して喜んでいる自分がどのように見られているかなど、いろんなことを気にするようになります」と、子どもと大人の捉えた方の違いを指摘する。
「その結果として純粋に喜ぶだけではなく、それ以外の心配や恥ずかしさなど、いろいろな感情が生じるようになります。でも、そうして純粋に喜べなくなることは、人の気持ちを考え、いろんなことができるようになっているからなので、必ずしもネガティブな意味ではないと思います」と解説した。
本作で描かれるライリーは、仲良しの友だちと一緒にホッケーをしたい気持ちと、新しく始まる高校生活で憧れの先輩に認められたいという気持ちのなかで揺れ動き、純粋な感情だけでなく、ヨロコビもカナシミもシンパイも混じり合った複雑な感情をも抱えていく。ライリーのように感情が複雑になり、純粋な喜びが減っていくことを身をもって知っているからこそ、本作のテーマは、特に大人から大いに共感を呼んでいるようだ。
また、樋口教授は本作について心理学の観点から「作品の前半は特に感情や発達に関する心理学の教科書を読んでいるようでした。親とぶつかったり、自分ってダメかもと思って周りが見えなくなっちゃったりと、みんなが同じような経験をしているし、困ったことがありますよね。本作は“人類の教科書”のように感じました」という感想も述べた。
誰もが大人になる過程で経験したことのあるライリーの物語を描く本作を観ると、自分の複雑な感情に向き合うヒントにもなるはず。この夏はぜひ劇場で、あなたのなかにもいる“感情たち”の物語を堪能してほしい。
文/山崎伸子