『舟を編む』(13)、『月』(23)の石井裕也監督が、「ある男」で知られる平野啓一郎の同名長編小説を、池松壮亮主演で映画化した『本心』が11月8日(金)に公開される。本作は、原作を読んだ池松が全幅の信頼を寄せる石井監督に「いまやるべき作品」と企画を持ち込み結実した意欲作だ。そんな池松が、いまと地続きの世界を描く本作に込めた想いを語った。
本作の舞台は、いまからさらにデジタル化が進み、“リアル”と“ヴァーチャル”の境界が曖昧になった少し先の将来。池松扮する主人公の朔也は、母の秋子(田中裕子)と2人でつつましい生活を送るごく普通の青年だ。しかしある日、「大事な話があるの」と言い残して急逝した秋子が、実は“自由死”を選んでいたことを知ってしまう。幸せそうに見えた母がなぜ自ら死を望んだのか?母の本心を探るため、朔也は不安を抱えながらも、AIに集約させ人格を形成するVF(ヴァーチャル・フィギュア)を利用し、仮想空間に母を“蘇らせる”選択をする。キャストには、池松をはじめ、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子ら、映画界を牽引する豪華実力派俳優陣が集結した。
本作の設定について池松は「これまで観てきたSF映画のような作りとは違う、限りなく現実味を帯びてきた時代、生活や日常にぐっと近いところにSFがあるような作りになっています。こうした題材については、たまたまの出会いということもありますが、前々から自分自身も興味関心があり、探していたように思います」と力を込めて語る。
原作小説「本心」は、2019年に新聞連載が開始され、2021年に出版。当時は2040年代を舞台にした“未来の物語”として描かれていたが、現実では想像を超える速度でテクノロジーが発展。映画の舞台設定も合わせて「いまから地続きの少し先の将来」(物語の始まりは2025年)へ前倒しされた。劇中に登場する、“亡くなった人をAIで蘇らせる”サービスは、アジア各国ですでにビジネス展開されている。また、日本では10月に衆院選が話題を集めたが、国外の政治活動ではAIを採用した動きが増えているようだ。アピールしたい土地の言語を話せない政治家が、”AIクローン政治家“に多国語を話させたり、支持層が厚かった亡くなった政治家を”復活“させ応援演説をさせたりと、「AIを使って人間味を伝える」という試みが各国で広がっている。
また、朔也が就く“リアル・アバター”という仕事は、自身のカメラ付きゴーグルと依頼者のヘッドセットをつなぎ、遠く離れた依頼者の“身体”となって、要望を叶える職業だ。依頼人はアバターに指示を出すことで、疑似体験が可能となるが、これもコロナ禍以降に急速に日本で普及した“UberEATS(ウーバーイーツ)”の延長線とも言える。『本心』では、こうした“いま”と連結した世界を描く。
池松は、「昨年の2023年は世界で『AI元年』と呼ばれており、ChatGPTをはじめとする生成AIが出てきました。これまでの人間の領域とは遥かに違うところに踏み込んでしまったような印象があります。人を創造するということは神のみの領域だったはずが、人が人なるものを作ってしまう時代がそう遠くない未来までやってきているのではないかと思っています。『本心』は、人間の欲望の先に訪れる、これからの領域についての物語とも言えると思います」と熱弁。まさに『本心』は“いま”描かれるべくして誕生した映画となった。
AIや仮想空間、日々著しく進化するテクノロジーが世界中を席巻し、生活様式が目まぐるしく変貌しているいま。時代に翻弄され彷徨う人間の“心”と“本質”を描いた革新的なヒューマンミステリー『本心』をぜひ劇場で見届けてほしい。
文/山崎伸子