デンゼル・ワシントン演じる冷静なヤバい男、マクリヌスとは
本作にはもう一人、注目すべき俳優が出演している。アカデミー賞俳優デンゼル・ワシントンだ。「デンゼルとは『アメリカン・ギャングスター』で一度仕事をしているが、あのときの彼との仕事は本当にうまくいった」とスコットは述懐する。「1作目の『グラディエーター』ではオリバー・リードという、クレージーな個性を持つ役者がいい味を出してくれた。今回のデンゼルもそれに近いキャラクターだが、クレージーではない。冷静だ。本作で演じるのは武器商人で、ローマ帝国が機能不全に陥っていることを嗅ぎつける。彼はこう考えるんだ、『皇帝たちを破滅に追いやることができる。そして私が玉座をいただく』とね。とにかくデンゼルは抜群に上手い俳優なので、イタリア訛りとか細かいことはどうでもよくなる。そのままやらせるのが一番だったね」デンゼルが本作で演じた武器商人のマクリヌスは、ルシアスを剣闘の世界に引き入れるキーパーソン。彼ら2人の関係の変化もスリリングな見どころだ。
技術の進歩により作り上げられた圧倒的な古代ローマの実在感
もう一つ注目したいのは、やはり古代ローマを再現したスペクタクル。とりわけ、コロセウムの大観衆をビジュアル化したVFXは前作でアカデミー視覚効果賞を受賞している。以後も、デジタル技術は飛躍的に進化を遂げたが、本作のテクニカルな側面におけるチャレンジも訊いた。「本作ではルシアスがコロセウムで狂暴なヒヒの群れと戦う場面があるが、あのヒヒの毛並みは大変だったね。ヒヒは肉食動物で、実際に遭遇したら命の危険にさらされる。そこでヒヒの群れをアリーナに放つというアイデアが生まれた。その中には無毛症のヒヒが一匹混じっているが、以前その種の映像を観たことがあり、『まるでエイリアンみたいだ』と思ったことを覚えているよ」
VFXを交えて作られたこのシーンは、まさに見どころの一つ。「ルシアスはそのヒヒに負けじと噛みつき、ヒヒは悲鳴を上げる。そして逆に噛まれた彼も悲鳴を上げてヒヒをビビらせるんだ。壮絶だが笑えるシーンになっている」とスコットはニヤリ。他にもコロセウムでは、グラディエーターvsグラディエーターはもちろん、サイに乗った戦士とのバトル、水を張ったアリーナにサメを放った海戦風の戦いなど、趣向を凝らしたバトルが繰り広げられる。
前作と同様に、本作でも合戦のスペクタクルは見せ場だ。冒頭はまさにそれで、北アフリカの海岸を舞台に、ローマ帝国軍と現地の兵士たちの死闘が展開。「あのシーンは私が『キングダム・オブ・ヘブン』を撮った場所と同じところで撮影した。おそらく観客は、それには気づかないだろう。三台の大型の船を新たに造り、それをCGで増やして50隻の映像を作り、海戦を迫力のあるものにした。これはうまくいったシーンだと思う」とスコットは胸を張る。
本作の物語の根底には、ローマ帝国に虐げられてきた民衆の怒りがある。これは21世紀の観客になにを訴えるのだろう?「私は『キングダム・オブ・ヘブン』や『ナポレオン』など多くの歴史ドラマをつくってきたが、歴史を経験しても人間はなにも学ばないね。人が戦争を強いられるのは、大抵は宗教や独裁者のためだ。それはいまも変わらない。残虐な方向に舵を切った独裁者はいま、ロシアにいる。イスラエルやガザで起こっていることは宗教的な争いだ。そして市民はデモ活動を行なう。しかし答えはどこにあるのだろう?」と、スコットは熱く語る。
スコット監督がエンタテインメント性と社会性の両方についてこだわり抜いた『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』。鬼才リドリー・スコットが放つ剛速球を、しっかり受け止めてほしい。
取材・文/相馬学