鬼才リドリー・スコットが24年ぶりに放つ、アカデミー賞受賞作『グラディエーター』(00)の続編『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(公開中)。前作で描かれた時代から十数年後のローマ帝国を舞台に、戦争捕虜から奴隷、剣闘士となっていく男の復讐の行方が描かれる。彼を翻弄する政争のドラマも見どころの一つで、とりわけ主人公をグラディエーターに引きたてた奴隷商人マクリヌスの動きはサスペンスフルでおもしい。このマクリヌスに扮するのがベテラン、デンゼル・ワシントン。スコット監督と組むのは『アメリカン・ギャングスター』(07)以来2度目となる。彼が演じたマクリヌスはローマ帝国を揺さぶるほどの策士だが、この人物はどのようにしてかたち作られていったのか?来日したワシントンに話を聞いた。
リドリー・スコットとの信頼関係があるからこそ生まれた自由な演技
本作に出演した多くの役者と同じく、ワシントンが本作に出演した動機はリドリー・スコット監督との仕事だった。「オファーを受けた時、彼が僕を口説く必要はなかった。なんせ、あのリドリー・スコットなんだから!以前彼と作った『アメリカン・ギャングスター』もうまくいったし、脚本もよかった。彼はすばらしい映画監督だし、僕は僕で自分をすばらしい役者だと思っているから(笑)。リドリーの弟トニー・スコットとも何度も仕事をしてきたし、とにかく答えは『イエス』だった」と、彼は振り返る。ちなみにワシントンは、トニー・スコットと『クリムゾン・タイド』(95)でタッグを組んで以来、トニーが2012年に亡くなるまで5度一緒に仕事をしている。
リドリー・スコットはMOVIE WALKER PRESSのインタビューで、ワシントンには「やりたいように演技をさせた。そうすればうまくいくから」と語っている。実際のところ、どうだったのだろう?「放っておかれたよ(笑)。お互いに信頼関係があるし、好きなようにやらせてもらった。あの時、どんな芝居をしたのか、よくは覚えていないけれど、リドリーなら僕のベストの芝居を摘み取って映画に入れてくれるだろう。熟練の監督とはそういうものだし、彼に任せていれば僕も映える。いや、きっと映えてたと思う(笑)」
その人物の奥にあるものはなにか…キャラクターを掘り下げていく役作り
アカデミー賞を2度受賞しているほどの名優ワシントンだから、自主性を重んじられるのは納得がいく。ならば、その自主性がどんなかたちで発揮されるのか気になるところ。「脚本を読む時に、まずやることは、『この人物の奥にあるものはなにか?』を考えることだ。心の奥にあるものは何だろう?それを掘って、掘って、掘って、掘り下げたうえで役に臨む。あとは全身で役を演じるだけだ」と語るワシントン。名優の役者哲学が垣間見える。
となると、マクリヌスというキャラクターの探求結果も当然、気になる。映画を観れば一目瞭然だが、本心を簡単には明かさないミステリアスな男なのだ。「マクリヌスは他人の観察に時間をかける。例えば、主人公ルシアスが目の前に現われたなら、「コイツはどんなヤツだ?」とじっくり観察する。ルシアスの胸の中にはなにがある?その怒りや暴力性の根源はなんだ?という風に考えながら、円を描くようにして少しずつ彼に近づいていく」これは先に語ったワシントンの役者哲学にも通じる姿勢。すなわち、彼にとってハマリ役であったのかもしれない。
セットや環境があってこそ完成するキャラクター像
マクリヌスはヴィランでもある。観客によっては、「イコライザー」シリーズなどで善良な役を演じることの多いワシントンだから意外なキャスティングに思えるかもしれない。しかし、『トレーニング・デイ』(01)で悪に染まった汚職刑事を演じ、アカデミー主演男優賞に輝いた俳優でもあるのだ。「マクリヌスは近づいた相手をギュっと握りしめる。そして力を強めていって、その絞り汁を舐めるような男だ。言い換えれば、パペットマスターでもある。他人を人形のように操ったあげく、弓矢で撃ち落とすようなヤツなんだ」この説明だけで、マクリヌスがどれほど恐ろしい人物かが想像できるだろう。
このように、徹底的に役になりきるワシントンだが、演技は彼自身の力によってのみ生まれるわけではない。「現場で演技をする時は周りの環境、例えばセットや衣装に助けられる」と彼は言う。本作では、とりわけ古代ローマを再現した壮大なセットが助けとなったようだ。「(セットの)角を曲がると見渡す限りローマの街並という感じで、とにかく凄いセットだった。実際にこれだけのものを目の当たりにすると、イメージが沸くので演技もしやすい。あとは、古代ローマの人々が履いていたサンダルがあれば大丈夫だ(笑)。スニーカーでセットを歩いてみたけれど、それではピンとこない。サンダル履きで、砂埃を足の甲に感じたからこそ、役に没入できたんだと思うよ」
また、マクリヌスはすべての主要キャラクターと関係を築いていく唯一の存在でもある。必然的に、ワシントンは様々な共演者と現場を共にするのだが、俳優のなかで“座長”のような役割は務めなかったという。「僕はただただ、マクリヌスという役を演じるだけだった。確かにほかの多くの役者からすれば僕は先輩かもしれないが、共演者だってプロだから、先輩面をするつもりはない。それはエゴだ。マクリヌスは、それを持っているけれどね」とワシントンは笑う。「先に述べたように、マクリヌスは観察者だ。積極的に人とふれあうタイプではないし、自分から他人に近づこうとは思っていない。むしろ、これっぽっちも他人のことを考えていない。そんな役だから、意識的にほかの俳優とは距離を取っていたんだ」
インタビューを受けるワシントンはジョーク好きで、大らかで、取材者を楽しませる人であることが本稿から伝われば幸いだ。そんな彼が、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』では計算高い冷血漢に見えるのだから、役者の仕事の凄みを改めて感じる。彼がこれまで演じてきた中でもスケールの大きい、ある意味、とびっきりのヴィラン。その凄みをぜひ目に焼き付けてほしい。
取材・文/相馬学