菅田将暉の役者力とは?ヤン・イクチュンが「自分をさらけ出せる人」と羨望
寺山修司が遺した長編小説を大胆に再構築して映画化する『あゝ、荒野』(前篇は10月7日、後篇は10月21日公開)で、菅田将暉とヤン・イクチュンがダブル主演を果たした。上映時間は前・後篇合わせて5時間5分。実力派俳優の2人が、孤独を抱えた男の絆をスクリーンに刻んだ。どこまでもパワフル、どこまでも本気。日本映画界にパンチを叩き込むような熱演は、いかにして生まれたのか。菅田とヤンに、お互いから受けた刺激を語ってもらった。
幼い頃に自分を捨てた母を恨み、世間に牙をむく少年院上がりの新次(菅田)。引っ込み思案で吃音と赤面対人恐怖症に悩みつつも自分のあるべき姿を追い求める建二(ヤン)。ボクシングへの情熱で心の空白を埋めようとする2人が、闘うことで絆を深めていく姿を描く。菅田とヤンが体作りにも励み、激しいぶつかり合いを体現した。
2010年のキネマ旬報外国映画ベスト・テンで第1位となった『息もできない』で監督・主演を務め、日本でも人気を誇るヤンだが、菅田は「(共演する前から)もともと好きでした」とヤンへの想いを告白。「ヤンさんとのお芝居で、触発されたり、刺激を受けたりすること。それを求めていた」と渇望しながら、撮影に臨んだ。現場に入るや、「ライブ感のある現場で、毎シーン、触発されることばかり。すごく安心した」と欲していた刺激を十分に感じられたという。
“バリカン”との愛称を持つ建二は、劇中で新次の絵を描いている。これがなんとも見事な出来栄えなのだが、菅田によると「ヤンさんご本人が描いているんです。びっくりしました」とのこと。「ヤンさんの芸術的な感性に驚きました。絵を描くことには、物事をきちんと捉える力と、それを表に出す力が必要だと思うんです。その絵を見て、ヤンさんは本当に“作る人”なんだなと思い、感動しました。ものすごく面白い人です」。
一方のヤンは、菅田について「どんな時も自分をさらけ出せる人」と語る。「私たちは人前でズボンを脱ぐとなると、どうしてもためらうものですよね。でも菅田さんは、まったくためらうことなくパンツ一丁になって、すぐさまボクシングをされるんです(笑)。そのためらいのなさが、すごくうらやましかった。私だったら、“パンツに何かついていないか?”とかそんなことばかり気にしてしまいますから」とお茶目にニッコリ。
「菅田さんの演じた新次も、人前で恥ずかしがったりしない性格。菅田さんは人の視線から解放されているところがあると思います。こちらはと言えば、私自身もバリカンも、ためらわずに何かをできる性格ではないんです。私は人前で何かをするとなったら、照れてしまったり、注意深くなってしまう。人の顔色を見てしまうタイプなんですね。菅田さんのことが本当にうらやましかったです」。
「僕も普段はパンイチになったりしませんよ!」(菅田)、「現場ではパンツだけでしたよ」(ヤン)と笑い合うなど、息もぴったり。役づくりにおいては、ヤンの描いた絵も大きな役割を担ったようだ。菅田は「絵のタッチが、とてもバリカンぽいと思ったんです。細いペンで何本も線を重ねて陰影をつけて、造形を組み立てていくような絵だった。絵のなかの新次は、柔らかい表情をしていても影が見えたり、彼の闇までも感じられるようだった。すごいです」と絵の印象を吐露。「“バリカンから見ると、新次はこう見えているんだ”と思うと、すごく安心したんです。僕が目指す新次と同じ方向を見ているような気がして、“よし、さらに頑張ろう”と思えました」とヤンの描いた絵も、彼を奮起させた。
ヤンは「菅田さんを見ながら描いたときもあるし、家に帰ってからもひとりで菅田さんの絵を描いたりした」という。「絵というのは不思議なもので、相手のことが好きで、その人に関心がないと描けないもの。絵を描くということは、相手を受け入れることでもあります。そしてそのことによって、自分をもさらけ出すことができるものだと感じました。僕たちが新次と建二を演じる上では、絵を描くことにとても効果があったと思っています」。
相手を受け入れ、自分をさらけ出す。認め合う男たちが起こした驚くべき化学反応を、ぜひスクリーンで目撃してほしい。【取材・文/成田おり枝】
ヘアメイク:AZUMA(M-rep by MONDO-artist)
スタイリスト:二宮ちえ