アルコ&ピース平子祐希、初の小説連載!「ピンキー☆キャッチ」第36回 アレ
MOVIE WALKER PRESSの公式YouTubeチャンネルで映画番組「酒と平和と映画談義」に出演中のお笑いコンビ「アルコ&ピース」。そのネタ担当平子祐希が、MOVIE WALKER PRESSにて自身初の小説「ピンキー☆キャッチ」を連載中。第36回はついにピンキー☆キャッチの正体を公表する!
ピンキー☆キャッチ 第36回 アレ
鮮明になった画面上には、横たわった巨大な芋虫のような生命体が映し出されていた。周囲の機材から比べるに、おそらく大きさは3メートルほどであろう。生まれたての身体はヌラヌラと濡れ、ゆっくりとうねっている。頭部だと思われる部分の先端には、口の様な小さな穴が認められた。
「吉崎さん・・・」
「言うな都築。分かってる・・みんな言わずとも分かっているんだ」
遠山はモニターを一瞥した後、顔を手で覆ったきり動けないでいる。
誰もが口にせずとも、同じことを頭の中で思っていた。思わざるを得なかった。謎に満ちた生命体のその形状が、色が、質感が、どこからどう見ても、アレのそれであったのだ。
いや、違うのだろう。そっくりそのままというわけではないのだが、ベージュとも黒いともいえないまだらで不安定な色合い。全身をおおう、怪しく脈打つ血管の様な箇所まで、まるでアレそのものが独立し、巨大化したモノに見えてしまうのだ。
再び館内にサイレンが鳴り響き、緊急放送が流された。この防衛省を取り囲んだ他の5箇所の卵も孵ったとの放送であった。他の箇所のモニターを確認すると、多少の違いはあれど、大差ない形状のモノが動いていた。
「ちくしょう、個体差がある事でよりリアルに見えちまいやがる」
解析班の一人が不用意に口走り、ハッとして手で口を塞いだ。しかし誰も咎める者はいない。全ての人間が同じことを考えているのだから。不意に吉崎の携帯電話がけたたましく鳴った。
「もしもし・・・ええ・・あ、東門に到着されたと?・・・・あ、全局皆さんお揃いで・・・承知しました、応接できる部屋まで案内させますのでそちらで。・・はい、ではすぐに」
「到着?吉崎さん、どなたかが?」
「マスコミだ。各社揃っているとの事だ。相手は未知の生命体だ。事の説明と、メディア発表をする事で近隣住民の避難範囲拡大の呼びかけにもなる。さあ行こう」
一同は急遽設えたホールへと急いだ。慌てて整えた広いホールには、各局から集まったプロデューサーやディレクター、アナウンサーと記者、カメラマンなど合わせて60人以上が会社ごとにグループを作って腰掛けている。外の様子を確認してもらえるよう、大きなモニターを運び込み、監視カメラの映像を見られるようにセッティングした。
「ええと・・皆さんお集まり頂いた様ですので始めたいと思います。わたくし吉崎と申します、こちらは都築です。以前から出没が報告される『怪人』と呼ばれるもの。そして今回の騒動との関連、我々が知る限りの情報を皆さんに共有して頂きたいと思い、急遽お集まり頂きました。じゃあ都築、映像を」
都築はモニターと繋いだパソコンを操作し、吉崎の説明に合わせてこれまでの映像をタイミングよく流した。
「街中に現れてきたこれらを我々は『怪人』と呼称しております。はっきりとした正体は未だ不明な点が多いのですが、今回の騒動とも関連しているものと睨んでいます。そしてこれまでこの怪人達と戦い、駆逐してきたこの彼女達の存在は、皆様もご存知かと思います。実は彼女達は・・・」
普段冷静な吉崎が緊張し、大きく唾を飲み込む姿を都築は見た。しかし全てを詳らかにしなくては、マスコミや、そこから広がる民間の協力は得られないのだ。拳にグッと力を込めていた吉崎は意を決したように前を向いた。
「彼女達は・・・アイドルのピンキー☆キャッチのメンバーなのです!この防衛省が討伐が可能な特異体質の人材をセレクションし、管轄していたのです!!」
会場がシンと湖畔のように静まり返った。ここでの撮影は禁止されているものの、メモを取る音すら皆無だ。マスコミの一団は戸惑ったようにそれぞれで目配せをしている。そこここで少しざわめきが立ち始めた頃、代表するように前列の記者が手を上げた。
「吉崎さん、よろしいでしょうか?」
「ええ、日新テレビさん、どうぞ」
「ええと、では一部ネットで出回っていた噂は真実だったということですね?」
「噂!?そんなものが?」
「ええ、人数が同じなのと、背格好の一致で目星を付けた人間がネットで検証していましたから。それに・・」
「それに?」
「あんなに擦り傷の多いアイドルいませんよ。肩口も腕も足も」
会場にふわりとした笑いが漏れた。
「ああ・・。では皆さん何となく察しは付いていたと?」
「ええ。数日前も理乃さんがSNSのコメントでファンにこの旨を質問をされていました。返信が『どうやろなぁ?笑』だったので、これはほぼ決定だろうと」
「あの承認欲求の権化め!」都築はグッと拳を握った。ここ連日の混乱具合でメンバーのSNSまでチェックする時間は無かった。しかしこうしてこちら側から公表せざるを得ない事態だ、ここは不問にせざるを得ない。都築は吉崎に進行を促す目配せをした。
「ええ・・まあそれでしたら話が早いと言いますか。詳細は後々説明する場を設けますが、今は緊急事態であります。是非マスコミ各社様のお力をお借りして、今迫り来る危機の、広い周知活動にご協力頂きたいのです。ではモニターの準備を」
部下に命じ、現場と繋がっているモニターを並べた。
「こちらは先ほど現れた未確認生物です。こちらを皆様にご覧頂き、報道の上、周辺地域住民の避難範囲拡大の情報拡散にご協力頂きたく思います。それではご覧下さい」
部下がモニターの一つ一つの主電源を点け、リモコンでチャンネルを合わせた。都築達が目の当たりにしたおどろおどろしい姿が画面狭しと映し出された。先ほどよりも動きが活発になっており、身体をビタンビタンと地面に叩きつけている。マスコミ人から驚きの声が上がる。無理もないだろう、これまで街中に現れた怪人とは毛色が大きく異なるのだから。しかしその驚きが顕著であればあるほどニュースはセンセーショナルの力を帯びて拡散されるだろう。ざわつきを暫く泳がせていると、マスコミを代表するように一人の年長者が挙手で発言を求めた。吉崎とも顔見知りのベテランの番組プロデューサーだ。
「ああ馬場さん、どうぞ」
「吉崎さん。申し訳ないけどこれは無理だよ」
「無理?無理というのは?」
「分かるでしょ、こんなの映せないよ。放送に乗せらんない」
思わず都築が身を乗り出した。
「ちょっと待って下さい!これはあくまで未確認の生物であって、決してアレでは・・」
「ほら。我々誰もこの生き物をアレとは言ってないのにアレだと思ってると言い切れてしまう。その時点でコレはもうアレなんですよ」
「う・・・しかしアレのように見えるだけでこれはアレでは・・」
「アレに見える時点でアウトだよ。これこのまま映せるって放送局ある?」
広いホールはシンと静まり返った。
「ならばモザイクをかけて貰えば・・」
「これにモザイクなんかかけたらいよいよアレだよ。あくまで報道だから事実は伝えられても、この映像はダメだよ」
「でもそれでは事実の周知が・・」
「ねえちょっといいですか!?」
奥に座っていた女性が勢いよく立ち上がり、都築達のところまでツカツカと歩み寄って来た。
(つづく)
文/平子祐希
1978年生まれ、福島県出身。お笑いコンビ「アルコ&ピース」のネタ担当。相方は酒井健太。漫才とコントを偏りなく制作する実力派。TVのバラエティからラジオ、俳優、執筆業などマルチに活躍。MOVIE WALKER PRESS公式YouTubeチャンネルでは映画番組「酒と平和と映画談義」も連載中。著書に「今夜も嫁を口説こうか」(扶桑社刊)がある。