チェン・カイコー監督『空海』は構想10年!妥協なき映画人生を語る
世界的巨匠チェン・カイコー監督が「私の映画人生のなかでも最も貴重で、すばらしい体験ができた。ひじょうに大きなことを成し遂げられた映画」と語るのが、絶賛公開中の『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』だ。美と驚き、感動の詰まった歴史エンタテインメントを作りあげたカイコー監督にインタビューし、巨匠の“映画人生の歩み方”までを聞いた。
若き天才僧侶・空海と、中国の詩人・白楽天が出会い、王朝を震撼させる怪事件の謎に挑む姿を描く本作。事件を探る2人が目にするのは、妖猫の呪い、絶世の美女・楊貴妃の知られざる真実などゾクゾクとするようなミステリーだ。唐の時代の長安の街を、東京ドーム8個分にも及ぶ巨大セットで再現し、うっとりと酔いしれるような美しい世界へと観客を誘う。
『さらば、わが愛 覇王別姫』(93)や『始皇帝暗殺』(98)など、これまでも歴史的モチーフを使いながら、人間の繊細な心を描いてきたカイコー監督。原作となる夢枕獏の小説を読んで、深く感銘を受けたという。「本作の舞台となる唐の時代は、中国の歴史上でもすばらしく繁栄した時代。物語の大きな鍵となる玄宗皇帝と楊貴妃はまさにその象徴です。いつも私は、繁栄した街の裏には一体なにがあるのかということに興味があるんです」。
“光と影”というテーマこそ、カイコー監督の創作意欲を掻き立てるものだそうで「繁栄した街や時代など、華やかな歴史ロマンの裏には必ず愛、そして裏切りと憎しみがある」とじっくりと語る。「最終台本ができ上がって、いよいよどう撮るかという打ち合わせをした時には、スタッフたちに『どの時代にももっとも暗い夜があり、もっとも明るい光がある』という話をしました。闇の裏には光、光の裏には闇があると理解することが、本作を撮るうえでひじょうに重要だったと思っています」。
「長安の街も生き物、人間として考えた」というカイコー監督は、「グリーンバックで撮るようなことはしたくなかった」とこだわりを語る。「街や都市にはそれぞれの美しさがあります。役者たちも『自分は本当にこの街で暮らしているんだ』という気持ちが持ててこそ、演じるキャラクターの人物像を深く掘り下げていくことができるんです。今回のセットは6年の歳月をかけて作りました。6年前に植えた木が育った姿が作品にも映っています。出来上がった街を目の前にした時、私自身も長安城の一本の木になったような気がしました。それくらい街のなかに入り込むことができたんです」と“本物”の持つ力を実感したという。
主人公となる空海には、若手実力派俳優の染谷将太を抜てきした。「今回の空海が楊貴妃の死の謎を追う姿には、“僧侶の風格”と“若さ”という2つの側面があります。つまり徳の高い僧侶でいつも堂々としていながら、軽やかに生きている雰囲気が必要なわけです。染谷さんは、自由さとともにそれをとてもうまく表現してくれました」と染谷を絶賛。また阿倍仲麻呂を演じた阿部寛の演技についても「すばらしかった」と感激しきり。「目力で観客を本作の世界に引き込んでいく役割を担った阿倍仲麻呂は、実はとても難しい役だと思っていました。阿部さんが、その観察眼をもって説得力あふれる演技を見せてくれました」と熱を込める。
カイコー監督が、夢枕獏の原作を初めて読んだのは「10年前」とのこと。「“諦めない力”でここまで進んでくることができました」と映画完成までの長い旅路を振り返り、「思えば、私が映画を撮り続けてすでに30年以上が経ちました。私の人生は映画一筋です。とても幸運なことだと思っています」とニッコリ。
「その間、中国という国も大きく発展し、人々の暮らしぶりもドラマチックに変化しました。あらゆる面でスピーディになっているかもしれません。私についても、中国では『30年も映画を撮っていたら、45本くらいは監督作が完成していてもいいんじゃないか』と言われることもあるんですよ(笑)。しかし私はどんなに急速に世の中が変化しようと、妥協せずに人の心を動かせるような映画を作っていきたい。歩みがゆっくりだと言われようと、じっくりとね。今回は、その姿勢を証明できるような映画を作ることができた。夢が叶ったような思いです」。チェン・カイコー監督が隅から隅までこだわり抜いた、壮麗な歴史絵巻をスクリーンでぞんぶんに楽しんでほしい。
取材・文/成田 おり枝