池井戸潤が語る、小説の終わらせ方。「『空飛ぶタイヤ』は最後の最後に序章を書き加えました」
直木賞作家・池井戸潤にとって、初の映画化作品となる長瀬智也主演作『空飛ぶタイヤ』(6月15日公開)。「半沢直樹」や「下町ロケット」、「民王」、「陸王」など、ドラマ化された池井戸作品はいずれも好評を博してきたが、『超高速!参勤交代』(14)の本木克英監督がメガホンをとった本作も、池井戸先生お墨付きの映画に仕上がった。なぜ、池井戸小説の映像化は成功し続けているのか?その答えを探るべく、池井戸先生にインタビューを敢行した。
ある日突然起きたトレーラーの脱輪事故で、整備不良を疑われた赤松運送。社長の赤松徳郎(長瀬智也)は車両の欠陥に気づき、製造元の巨大企業・ホープ自動車を糾弾していく。その訴えに耳を貸さないホープ自動車の担当社員・沢田悠太役をディーン・フジオカが、グループ企業であるホープ銀行の社員・井崎一亮役を高橋一生が演じた。
「空飛ぶタイヤ」はこれまでに何度か映画化のオファーがあったが、様々な理由でうまくいかなかったという池井戸先生。今回の映画化が実現したのは、林民夫の脚本がすばらしかったからだとか。「余計なものはそぎ落としつつ、必要なものがしっかりと残っていて、信頼できるクリエイターだと思い、気持ち良くOKを出しました」。
池井戸先生は「時々、映像化にあたり、内容を一字一句変えるなという作家がいるようですが、そういう人は原作を出すべきじゃない」と断言する。「できあがった映像作品を原作者がけなすというケースもありますが、脚本の段階で内容はわかるはずだし、けなすくらいならOKしなきゃいいんです。そもそも映像のお客さんをよく知らない作家が、映像に関して口出ししてもいいことがない。餅屋は餅屋ですから」。
池井戸先生は、キャスティングに関しても一切リクエストはしないそう。「作家の都合で『この人がいい』と言ってしまうと、最初の撮影プランや監督の持っているイメージが実現できなくなる可能性がある。原作はあくまで原作にすぎず、映像とはあまり関係がない。だいたい“最優秀原作賞”というのもないでしょ。だからおまかせするのがベストです」。
長瀬、ディーン、高橋のキャスティングについての印象も気になるところだ。「長瀬さんは赤松像をちゃんと研究し、一生懸命演じられていて、こういうカッコいい赤松もいいなと思いました。ディーンさんは原作どおりで、めちゃくちゃハマッてました。一生さんは、『民王』にも出演してくれましたが、『ああ、銀行に行っていたのか。早く(『民王』の)秘書に戻ってほしい』と思いました(笑)」。
ベストセラー作家の池井戸先生だが、スランプなどはあるのだろうか?「書いていて無茶苦茶難しい場面になり、この先解決できるんだろうか?と思う時はあります。連載だと最後に1行、『俺に考えがある』と書いておき、次の締め切りまでに解決策を考える感じです」と苦笑い。
例えば、阿部寛主演でドラマされた「下町ロケット」を執筆した際のエピソードが興味深い。「最後にロケットが飛ぶことは確定していましたが、途中で話がどうなるかはわからなかったし、止まる可能性もありました。例えるなら、超ロングパットをしていた感じです」。
逆に「ひたすら話が続いて、終わるかどうかわからない小説もあります」という池井戸先生。「終わらない恐怖ですね。例えば原稿用紙で1000枚を超えたとしても、小説は変に終わらせないことがすごく大事です。無理に書き急いで終わらせようとすると、読者から『最後が物足りない』とか『もっと読みたかった』といった感想が来ます」。
では、そういう時、どうやって終えるのか?「小説は広がるところまで広がり尽くすと、どこかで必ず書くことがなくなる。そこで自然に終わらせる感じです。終えるにも、けっこう勇気がいりますが。でも、そういう恐怖と立ち向かう時のほうが、おもしろい小説になることが多いです」。
小説「空飛ぶタイヤ」の序文は、被害者の夫が在りし日の妻との思い出を独白するところから始まる。実はこれ、連載原稿を単行本にするときに、池井戸先生が書き加えたものだそう。
「小説は1回書き上げたあと、何度も書き直しますが、これもそうで、最後の最後に序章を書き加えました」。
池井戸先生が人気作家の地位に上り詰めたのは、おそらく常に客観的視点を持つというセルフプロデュースができているからだろう。
「趣味で小説を書くのなら好きに書けばいいんですが、職業にするには客観的に見ないとダメです。職業作家が好きなように書いていくと、読者はいなくなります。作家になるには、書く力と、書いたものを冷静に見る評価力、それを最後まで根気よく直す力と、3つの要素が必要だと僕は思っています。僕はいつも、読者が読むのと同じような感覚で書いています」。
さらに池井戸先生は「一番大事なのは、この小説を出す意味があるかどうかと考えること。出す意味とは、すなわち売れるかどうかです。こんな小説を出しても売れないどころか、読者がいなくなると思うような小説なら出さないほうがいい」とキッパリ言い切る。人気作家ならではのものづくりにおける覚悟が伝わってきたインタビューだった。
取材・文/山崎 伸子