松田龍平、『青い春』は自分にとってリアルな“青春”。豊田利晃監督との再タッグに感慨
松田龍平が『泣き虫しょったんの奇跡』(9月7日公開)で、『青い春』(02)以来16年ぶりに豊田利晃監督と本格的なタッグを組んだ。将棋界の偉業を成し遂げた棋士・瀬川晶司五段=しょったんの実話をもとに、“夢を叶えること”や“好きなことを仕事にするすばらしさ”など、人生の希望の光を描く本作。豊田監督は「黒澤明監督にとっての三船敏郎が、僕のなかでの松田龍平」、松田は「豊田監督の作品でまた主役をやれるというのはすごくうれしかったし、気合も入りました」と並々ならぬ信頼を寄せ合う2人に、『青い春』の思い出や、本作でのタッグについて語り合ってもらった。
本作は、「26歳の誕生日を迎えるまでに四段昇段できないものは退会」という新進棋士奨励会の規定により、一度は奨励会を退会して棋士への夢を諦めた主人公・しょったん(松田)が、35歳にしてプロ編入を果たすまでを描く物語。周囲の人々に支えられながら、再び夢に向かって走りだす様が胸を打つ、熱い人間ドラマに仕上がった。
豊田監督自身、幼い頃から将棋を始め、9歳から17歳まで奨励会に所属していた経験がある。「周囲からも『将棋映画を撮らないのか?』とよく言われていて。今回撮るチャンスが来たので、みっともない映画にはできないなと思った」との意気込みで臨んだが、しょったん役には「龍平以外にいない」と考えていたという豊田監督。「35歳で再び立ち上がる男の話。龍平も35歳という年齢が近づいていたので、ぴったりだなと思いました。“26歳の時はこうだったな、35歳のいまはこうだな”と感情移入がしやすい。それに龍平は手が美しいからね。この美しい手で、将棋の駒を盤上に叩きつけるといい音が出るだろうなと。その音をぜひ聞きたいなと思いました」。
「豊田監督が将棋と縁が深いのは知っていたし、その作品に主役として呼んでいただけて、すごくうれしかった」と感慨を語る松田も、35歳という年齢に「縁を感じた」そう。「気持ちとしても、リンクする部分が多かったです。僕は15歳で役者を始めて、気づいたら35歳まで続けていた。(しょったんのモデルであり、原作者の)瀬川さんは小学生のころに将棋を始めていますが、26歳で一度プロ棋士への夢を諦めて、サラリーマンになって。改めて35歳で将棋の世界を目指すわけです。そんな瀬川さんの道のりを見ていると、僕は役者以外になにができるんだろうと考えたり、サラリーマンはできないかなと思ったり。役者としての自分を客観視するきっかけにもなったんです」と大いに刺激を受けたそうで、「かっこよく言うと、夢から醒めたというか。これからもう一度、役者としてどんな夢を見られるのかなど、いろいろ考えることができました。特別な作品になりました」と力を込める。
松田が豊田監督作品で初めて主演を務めたのは、不良グループの青春を描いた『青い春』でのこと。豊田監督は「龍平は、当時もいまもそんなに変わっていない」とニッコリ。「『青い春』のころ、龍平は17歳。10代は生意気だよね」と笑いつつ、「当時も一本の映画の主役として、しっかり真ん中に立ってくれた。龍平はいつもマイペースで、それでいて考えなきゃいけないことは、しっかりと考えている。そんなところも、変わっていません。一つの作品に向き合う時に、龍平の演技プランと僕のそれとでは、いつもズレがないんです」と頼もしさを感じている様子。
松田は「『青い春』は学校で撮影していたので、本当に学校に通っているような感覚になって。17歳だったし、僕にとっての青春のような作品です」と述懐。「豊田監督は、いつも役者の芝居を楽しんでくれるんです。それがモチベーションにつながる」とこちらも絶大な信頼を寄せ、「なんだか豊田組って、海賊船みたいだなあと思って。職人だけど、ワルな雰囲気もあって、それがすごくかっこいい。豊田監督は海賊船の船長みたいな格好、似合うと思います」と話すと、豊田監督も「あはは!」と楽しそうに微笑む。
豊田監督が「撮影の笠松則通さんも『青い春』以来、久しぶりに参加してくれて。衣装の宮本まさ江さん、メイクの小沼みどりさんも『青い春』で一緒だったね」と言うように、松田をはじめ、新井浩文、渋川清彦ら役者陣だけでなく、本作には『青い春』のスタッフも数多く参加しているという。「笠松さんが撮影だと、僕もそうだし、龍平も安心感があると思う。皆さん巨匠ばかりでお忙しいんだけれど、久しぶりのスタッフに集まってもらって、大人の映画を撮ることができた。ものすごく楽しかったです」と目尻を下げる。“好きなことを仕事にするすばらしさ”を描く作品のために、年月を経て信頼し合う映画人が集った。豊田監督も松田も「美しい話」とうなずき合い、なんともうれしそうな、晴れ晴れとした笑顔を見せていた。
取材・文/成田 おり枝